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異世界ネクロフィリア  作者: かきな
第一話 花は誰かの死体に咲く
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その2 嫌なニュースの成れの果て

「リタ、いきましょう」

「はい」

「血は拭いておきなさい。それと、手当も忘れないように」

「でも……」


 ヨシノ様はこちらの方が好みなのでは、という言葉をリタは飲み込んだ。それが彼の死に対する考えに反する振る舞いであることを彼女は理解していた。


「それでは行きましょう」


 リタはヨシノの一歩後ろをぴたりと付いて行く。外に出ると斜陽に染まっていた町もすっかりと暮れの闇に染まり始めていた。街灯のほのかな明かりに照らされ、石畳の道に水玉模様を作り出す。


「リタ、今日の夕飯は何でしたか?」

「ビーフシチューだそうです」

「ビーフシチューですか。それは、残念ですね」

「ヨシノくんはビーフシチューが苦手なのかい?」

「いえ、そういうわけではありませんよ。ですが、ビーフシチューはやはり温かいうちに頂きたいでしょう。それが叶いそうもありませんので嘆いていたのです」

「検死を早く終わらせればいいだろう」


 グレゴワルの至極当然の指摘をヨシノはあり得ないと驚愕を顔に浮かべた後、大げさに頭を振って過剰な否定をして見せる。


「いえいえ、そんなことはできませんよ。したくないと言った方が正確でしょうか。早々に切り上げるなんてもったいないこと、私が望んで行うはずもないでしょう」

「ああ、それもそうだ」


 グレゴワルは一貫したヨシノの異常性に呆れた表情を浮かべる。


「ところでグレゴワルさん。今回亡くなったシスターさんはどういった人なのでしょうか」

「シスターベアトルスは若いシスターだ。年は二十になったばかりだったと聞いている」

「若い女性ですか。それは多くの人が惜しむでしょうね」

「そうだろうな。実際、日曜の礼拝には彼女を目当てに訪れる男が多かったそうだ」


 どこかの神より近場の女神。人魔大戦が終結した今の平和な世界では信仰はそれほど人々の中で大きな存在ではなくなっているのだろう。そういった時代の流れが、今の教会の財政難を引き起こしていたのだ。


「それで隣町からの帰り道に何者かに襲われ命を落とした、と」

「目撃者はいなかったのでしょうか」

「いたらもっと早く見つかっていただろうな。彼女が隣町へ出かけたのは昨日。そこから修道院に戻ってこないものだから院長が我々に捜索願を出していたのだ」

「見つかったのは……ああ、やはりあそこでしたか」


 一行が町の外へと出ると夜の街道に明かりを灯し、集まる人だかりが見える。リタはそれが警備兵の集まりであることを彼らの纏う制服から見てとることができた。

 そこへ近づいていくと、何人かの警備兵が気づき、そして、嫌悪感を隠すことなく顔を歪める。彼らも町の人間と同様にヨシノという人間を嫌っているのだ。


「お疲れ様です、皆さん」

「お疲れ様です」


 ヨシノとリタが挨拶をするもそれに返事をする者はおらず、聞こえてくるのは舌打ちのみであった。それにリタは少しむっとした表情を浮かべる。


「歓迎されていませんね」

「いつものことでしょう。君が気にする必要はありませんよ」


 けれど、当の本人はそんな生者の評価を気にする素振りも見せず、ただ彼らに囲まれ、いまだ見えぬ死体にのみその関心を向けているようであった。


「失礼、通りますよ」


 ヨシノが隙間を縫う様に進むと背の高い草原を踏み荒らしてできた少し開けた空間に出る。そこには数人の兵とローブを纏う魔法使いらしき女性が横たわる死体の側に立っていた。


「おお、ようやく出会えましたか」

「来たよ、変態が」


 冷ややかな冷笑と共に一人の若い兵がヨシノを一瞥する。


「気持ちの悪い野次馬のご登場だ」

「ヨシノ様はご依頼に応じて参上しただけです」

「はっ。どうだか。依頼なんかなくたって、死人が出ればこいつは喜んで飛んで来るだろうに」

「そこまでにしておけ、ラザールくん」


 ラザールと呼ばれた警備兵は隊長であるグレゴワルに宥められる。


「彼は検死をするために来ているのだ。そう非難するのは違うだろうに」

「お言葉ですが、こいつは死体に興奮する気の触れた人間です。そんな奴に検死の仕事を依頼するという時点で、私は間違っていると思いますよ、隊長」

「だが、この町で最も死を見極めることができるのは彼だ。それは事実だろう」

「しかし……」

「はあっ! これは綺麗な穴の開き方だ!」


 そんな二人の口論を気にも留めず、彼は死体の側でしゃがみ込み、まじまじと観察を始めた。


「修道服の上半分は破れ、胸部が露出していますね。そして、鳩尾辺りに空けられた大きな穴。内臓が見えるほど綺麗に開けられていますね。中で血が溜まっているということはこの穴は仰向けのままに開けられたということになるんでしょう」

「どうやってこんな穴を」


 スカートの裾を抱え、ヨシノの隣にしゃがみ込んだリタが問いかける。鳩尾の辺りに空けられた穴は直径十センチほどの大きさがあり、拳一つ入りそうなそこからは死体の赤黒い肺や胃腸などの内部が見え隠れしていた。


「それはまだわかりませんね。しかし、何らかの武具で開けるには大きすぎる上に背中まで貫通していないところを見るにランスで串刺しということもあり得ないでしょう」

「おい、お前たち、勝手に見るんじゃない!」

「ああ、失礼しました。なにやら話が長くなりそうでしたので、堪らず検死を始めてしまいました。それにしても、今回は随分と綺麗な死体ですね」

「死体に綺麗も汚いもあるか!」


 憤るラザールの怒りを意に介さず、ヨシノは歪めた口でそれを否定する。


「いいえ、あるのです。これほどの大きな傷を受けながら、この死体は異様なほどに綺麗なんです」

「血塗れじゃない」

「正解ですよ、リタ。偉いですね!」

「それほどでもないです」


 言われて死体を観察すれば、確かに鳩尾の穴の周囲に僅かに血がこびり付いている程度で、ヨシノの言うようにどちらかと言えば『綺麗』な死体のように見えるのだ。


「これほどの傷です。生きていれば当然のたうち回り、何とか痛みから、死から逃れようとするはずでしょう。そうすれば、周囲に血が飛び散り、衣服も血に染めていくでしょう。ですが、彼女はそうしなかった。いや、できなかったのでしょうね」

「どういうことだね、ヨシノくん」

「いえ、難しい話ではありません。つまるところ、彼女はこの傷を受ける前にすでに死んでいたというだけの話なのです」

「この傷が死因というわけではないのですね」

「そういうことになりますね」

「ちょっと待て」


 けれど、その言葉にラザールは納得いかずに待ったをかける。


「この傷が死因じゃないだと? はっ。馬鹿も休み休み言え」

「私としては、馬鹿を言ったつもりはないのですが」

「だったら、この馬鹿でかい風穴は何のために開けられたんだ。まさか、お前みたいな性的倒錯者じゃあるまいし、わざわざ死体に穴を開ける奴なんかいないだろ」

「今は定かではないですね」

「ほら見ろ。これはそんな難しい事件じゃないんだよ」

「といいますと?」


 ヨシノに聞き返され、ラザールは死体から目を逸らしつつ答える。


「見ればわかるだろ。被害者のシスターは服を破かれ、あられもない格好をしている。間違いなく強姦の仕業だろう。でないと、こんな風に上半身を露出するような破れ方はしない」

「ううむ、確かに。シスターは男性に人気があったのだから、在り得ない話ではなかろう」

「ええ。それに、犯人は魔法が使える者でしょう」

「ほう、それは何故」

「当然、この穴を開けるためです。この傷の側面はボロボロです。刃物で切り開いたのであれば、傷口はもっときれいでしょう」

「なるほど」


 その時、死体の側に立っていた魔法使いの女性が死体にかざしていた手を降ろした。


「……アナライズ、終わった」


 彼女が行っていたのはアナライズと呼ばれる魔法による死体の調査であった。


「おお、ヴァネッサ道士。ようやく終わったのか。それで、結果は?」

「……魔力の痕跡はない」

「なんだと?」


 ヴァネッサの報告にラザールは眉をひそめた。


「そんなことはないだろ。魔法でなければ、どうやってこんな傷ができるというのだ!」

「……知らない。仕事は終わった。帰る」

「あ、ちょっ、ヴァネッサ道士っ!」


 魔法使いは兵士と体系が別なのか、この場を取り仕切っていたはずのラザールも彼女の帰宅を強く引き止めることはできなかった。


「となると、ラザールくんの推理は外れたことになるが」

「くっ」


 悔し気な表情を見せるラザールを横目にリタはベアトルスの着る修道服にシミができていることに気が付いた。それはこの暗がりの中では醜い僅かな色の違いであったが、幾らか夜目の利く彼女はその違いを認識することができたのだ。


「ヨシノ様」

「どうかしましたか、リタ」


 ヨシノの袖を引き、リタは修道服の下腹部辺りを指さした。


「あの辺りにシミのようなものが見えます」

「シミですか……」


 そう言い、しばしの間思案顔を浮かべたかと思うと、ヨシノは閃いたような顔をする。


「なるほど。もしかすると、犯人はアレかもしれませんね」

「アレ……」

「ということはっ!」


 興奮した様子のヨシノはリタにランタンを渡すように促すと、その明かりを手に死体の下側に回り込み、そして、徐に修道服を捲り上げ、ベアトルスの下着を覗き込んだのだった。


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