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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第一章:幼馴染が触手になるまで
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幼馴染が触手になった


 俺は弾かれるように駆け出した。痩せぎすの男の背後から間合いを詰め、出力を全開にした”雷遁”のクナイを振りかざす。

 しかし男の反応は早かった。

 クナイが届く寸前、俺に気づいた男はカエデを盾にしてきたのだ。このままだと刃先がカエデに───


「ぐっ!」


 俺はすんでのところでクナイを手放し、起動しかけていた”雷遁”を中断する。

 男はカエデを抱えたまま後ろに下がって距離を取った。口を触手に塞がれたカエデを、俺に見せつけてくるように抱き寄せている。


「キシシ、触手憑きに一人で勝つとはねえ。そんな人間は初めて見たよ」


 男は歯の隙間から気色悪い笑い声を漏らす。

 

「……カエデは返してもらうぞ」

「彼氏面もいいところだ。この子は僕と共にいるべきなのに」

「ふざけんな! お前にカエデの何がわかる──」


 そう言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 二人は白い絹の服を羽織っている。それはかつて出会ったときのカエデが身につけていたものと同じだ。この共通点が意味するところはつまり……


「──知ってるのか。記憶を失う前のカエデを」

「キシシ、知っていても教えないさ。僕らは秘密教団だからね」

「ちっ……!」


 男は余裕綽々だ。カエデを人質にとってしまえば攻撃されないと油断しているのだろう。

 だが、こっちにだって策はある。

 俺は手の内で手裏剣の”火遁”を起動させた。回転をつけて投擲すれば、”火遁”による推進力も併せて軌道を大きく曲げられる。男だけを後ろから狙い撃てるのだ。


 ところが、俺が手裏剣を投げようとしたのと同時に、なんと男はカエデを手放した。

 人質だったはずのカエデを、あろうことか俺の方に放ってきたのである。


「なんっ……!」


 俺はとっさに両腕でカエデを抱きとめる。

 その隙に、男は指笛を吹いた。すると上空から触手が伸びてきて、男の体を引っ張り上げはじめた。

 見上げた空に飛んでいたのは、ワシの触手憑き。

 男はワシの触手に吊り上げられ、あっという間に手の届かないところまで行ってしまった。


「悪いけど、ここで君と戦うつもりはない。とても勝てそうにないからね」

「逃がすか! 風遁──」

「僕なんかに構っていていいのかい? 君の大切なカエデちゃん・・・・・・が苦しそうだよ」


 俺の腕の中でカエデがえずいた。このまま触手を完全に呑み込んでしまえば取り返しのつかない事態になってしまう。

 悔しいが、男を追うのは諦めるしかない。


「くそっ!」

「キシシシシシシシシ!!」


 不快な笑い声が夜空の彼方に遠ざかっていく。

 あの男がどんな目的でカエデを狙ったのかは知らないが、触手を食らった人間がどうなるかは知っている。

 その末路は──触手憑き。 


 ヒトが触手憑きになった症例は少ない。

 それは朝廷幕府が「陸蛸の死体を食うべからず」というお触れを出したおかげでもあるし、触手憑きになった人間の悲惨な末路が伝聞で広がったおかげでもあるし、触手自体がありえないほどおいしくない・・・・・・おかげでもある。

 だが一度触手憑きになってしまえば、自我を失い、どんなに親しかった人でも無差別に襲うようになる。そして二度と元に戻ることは、ない。


「カエデ、吐きだせ!」


 俺はその場にしゃがむと、カエデをうつ伏せの体勢にして、背中を右手で叩く。

 さらに吐き気を誘導するべく、左手の指をカエデの口の奥に突っ込む。指先が喉の生温かい粘膜に触れる。ますます苦しませてしまうことになるが、異物を吐き出させる方法を俺はこれしか知らない。

 俺たちは数十秒ほどそんな風にしていたが、やがて……


「うっ……おぇっ……げえッ!!」


 吐瀉物とともに、触手がカエデの口から吐き出された。

 触手は吐瀉物の中でナメクジのようにくねっている。こんなものをカエデが呑み込んでしまっていたらと考えるだけで身の毛がよだつ。

 俺が触手に”火遁”の手裏剣を突き刺すと、触手はあっという間に燃えて炭になった。


「兄様、ありがと……。怖かったよ……!」


 手首を縛っていた縄を切ってやると、カエデは俺にぎゅっとしがみついてきた。青ざめた頬に涙が伝っている。


「間に合ったんだ……よな? 体に変なところとかないか?」

「う、うん。たぶん大丈夫。まだちょっと気持ち悪いけど……」

「味はどうだった?」

「えへへ……ゲロマズ」


 カエデはすっかり腰を抜かしてしまっている。これではしばらく動けそうにない。

 だがその口元に弱々しく浮かんだ笑みを見て、俺はようやく安堵した。


「森の方が騒がしいから来てみたら、何よこれ」


 姉さんが村に続く道から姿を現した。芸を披露していたときとは違い、動きやすいよう髪をポニーテールに縛っている。

 姉さんは、騒動の跡が散らばっている広場を見回すと、大きなため息をついた。


「ジン。今回は潜入捜査であって、暴れまわる任務じゃないって話したはずだけど?」

「しかたないだろ。カエデが教団の連中に捕まってたんだ。あと一歩で触手憑きにされてるところだった」

「カエデちゃんが!?」

「えへへ……どうも……」


 腕の中のカエデが力なく手を上げると、姉さんは目を丸くした。


「信じられない。里にいたはずなのに、どうして」

「さっき逃げた男の人にさらわれてきたんです。兄様たちの潜入先だったのが不幸中の幸いでしたけど」

「多分あいつが首領格だ」

「逃がしたの? まんまと尻尾切りされたってことじゃない、それ」

「手下の何人かは雷遁で気絶させてある。朝廷で尋問にかければ情報を吐くだろ。それで許してくれ」


 姉さんは呆れたようにかぶりを振った。


「あんた本当にカエデちゃんのことになると冷静じゃないわね……。ま、でもジンらしいか。生涯守ってあげる女の子だものね」

「それ掘り起こすのやめてくれよ!?」


 『生涯をかけて俺がこの子を守る』なんて言ってしまった七年前の俺自身を恨みたい。

 もちろんあの言葉は本心であったし、今でもその信念に変わりはないが、言い回しが大仰だったせいで里の皆からしょっちゅうからかわれるのだ。

 ほら、カエデも顔を赤くしちゃってるし……。変な誤解させるなよ……。


 うろたえる俺たちをよそに、姉さんは広場に転がった信者たちを手際よく縄で縛っていく。舌を噛み切って自害しないように、口に布も詰めながら。


「姉さんの方こそ宴会はどうしたんだよ」

「酒に一服盛って全員眠らせてきたわ。しっかり気持ちよくしてあげたから怪しまれてはいないと思うけど、ここまで大事にしちゃったのなら彼らも縛っちゃおうかしらね」

「魔性の女だ。おおこわいこわい」

「はっ倒すわよ」

「本当のことだろ。なあ、カエデもそう思うよな?」


 俺は何の気なしにカエデにも同意を求めた。

 ところがカエデは返事をしてくれず、黙りこくってしまっている。

 いつもの調子なら「まったくですよ痴女が兄様に関わらないでください」程度には言いそうなものだが。


「……カエデ?」


 俺はいぶかしんで顔を覗き込んだ。

 よく見れば、カエデの息が荒くなり、頬が紅潮し、肌がしっとりと汗ばんできている。


「お子さまなカエデちゃんにオトナな話は早かったかしらね?」

「いや……そうじゃない」


 脈が早い。体温がどんどん上がっていく。風邪の熱なんてもんじゃない。熱すぎて触れているこっちが火傷してしまいそうだ。

 カエデは潤んだ目で俺を見上げながら口を開いた。


「な……なんか……身体が変だよぉ……熱いよ……」

「か、カエデ……?」

「おへその下がジンジンして……わかんない……なにこれ……っ」


 カエデはイヤイヤするように強くしがみついてきた。

 全身を密着させてくるから、体の柔らかいところまで押しつけられてしまう。その姿が妙に艶かしいせいで俺の方までドキドキしてしまう。さらには、むせかえるような甘い匂いが体から漂ってきた。

 突然のカエデの異変。その原因に心当たりは一つしかない。

 さっき吞み込みかけた触手──まさか手遅れだったというのか。


「兄様、兄様、にいさまぁ……」

「カエデ、しっかりしろ! カエデ!」

「うっ……アァ……」


 カエデの目の焦点が合わなくなり、体温はますます上がっていく。

 俺はどうすればいいのかもわからず、ただただカエデを抱きしめ返す。

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 金切り声とも嬌声ともつかない絶叫と同時に、カエデの体に変化が訪れた。

 服の下の肉が、盛り上がった。その細長い肉は蠢きながら布を持ち上げていき、やがて着物の隙間から、ずるりと顔をのぞかせた。

 見間違えるはずもない。それはまさしく……


「触……手……」


 ぬらぬらとした、薄紅色の、腕ほどの太さのある、肉の塊。

 そんな名状しがたい触手が、カエデの体から生えてきたのである。

 触手は背中の一本だけに留まらない。肩から、腕から、腰から、全身のいたるところから何本もの触手が伸びてきて、俺たちの周りの空間を埋め尽くしていった。


「そんな。カエデちゃんが触手憑きに……!」


 姉さんが後ろで呻いた。クナイを取り出し、警戒している。

 しかし間近で触れている俺にはわかる。普通の触手憑きとはどうにも様子が違う。

 触手は確かにおぞましい見た目をしているが、くねっているばかりで、俺や姉さんを攻撃しようとはしてこない。敵意が感じられないのだ。


「……ええーと」


 ふいにカエデがぽつりとジパング語をつぶやいた。

 顔はまだ上気しているが、もう体温は平熱くらいに戻っている。

 そして何より、俺を見つめるカエデの目には理性の光が宿っている。


「カエデ……?」

「兄様……」


 にゅるん、にゅるん。


 腕から伸びてきた一本の触手が、目の前で右左に揺れる。呆然とする俺の顔をその先端でぺたぺたとなでる。

 カエデは困ったように笑った。


「どうしよう。わたし、触手これ、操れちゃうみたい……くひひ」



挿絵(By みてみん)



 ──こうして幼馴染は触手になった。

 すなわちそれは、俺の最も大切な人と、俺の最も憎んでいるものが、一つになったことを意味していた。

 そしてこの出来事は俺たちを待ち受ける試練の始まりに過ぎなかったのである。



ここまで読んでくださってありがとうございます。

ようやくプロローグ「幼馴染が触手になるまで」が終わりました。

ここからが本編。ジンとカエデの物語に今後ともお付き合いください。

駆け足進行だったので次からはもっとキャラの掛け合いを書けるといいなあ。

あと、感想をいただけると作者のモチベが上がります。ぜひください。

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