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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第二章:逃げる者 追う者
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カエデの寿司



「わたしが思うに、お寿司が大きすぎるんじゃないかなって」


 日が落ちた後。

 寿司屋の店主の家にお邪魔させてもらった俺たちは、さっそく台所で寿司の改良に取り掛かっていた。

 カエデは和帽子を頭に乗せ、すっかり料理人の顔になっている。


「兄様、屋台でお寿司をどうやって食べたか覚えてる?」

「どうって、こう普通に両手で持って……握り飯を食べるみたいに」

「そうそれ!」


 ジェスチャーしながら答えると、ズビシ、と勢いよく指さされてしまった。


「いいですか大将、大きすぎるからこういう持ち方になるんです。すると途中で一度噛み切らなきゃいけないので、煩わしさを感じます。それに、お寿司の主役は魚なのに、酢飯の割合が大きいと魚の旨みがぼやけてしまうのもあります。食べやすくするだけで、うんと美味しくなるはずです」

「そんなものか?」

「そんなものです」


 そう断言したカエデは実際に寿司を握ってみせる。おひつから片手で酢飯をすくい、わさびを乗せ、青魚の酢締めと手際よく握り合わせる。

 もう夜なので新鮮なタネは残っていないのだが、カエデはそれで問題ないと言う。代わりに酢飯は炊きたてのものを使っている。


「どうぞ、召し上がってください」


 そうして差し出された寿司を見て、俺と店主は目を丸くした。

 なんとタネが酢飯を覆い尽くしてしまうほど、酢飯が減らされていたのだ。元々のサイズの1/3もない。


「嬢ちゃん、こりゃあいくらなんでも……小さすぎやしねえか?」


 店主がカエデに疑いの眼差しを向けた。


「これじゃただの刺身と変わらねえ。指先でつまめちまうし、腹も膨れないだろ」

「いいからいいから、食べてみてください。一口で一気にどうぞ」


 カエデは自信たっぷりに促した。

 店主は首をかしげながら、一方俺はどんな味になっているのだろうとワクワクしながら、カエデの寿司を口に放り込んだ。少しだけ咀嚼したのち、俺は目を見開く。


「これは……食べやすいだけじゃない! 米粒が魚を包み込むように口の中でふわっとほぐれて……酢飯が魚を、魚が酢飯を引き立たせている!」

「兄様どう? ……おいしい?」

「ああ! 大将には悪いが、さっきよりもはるかに美味い!」

「えへへ、よかった」


 カエデはふわっとはにかんだ。店主も寿司を飲み込み、悔しそうに唸る。


「……ウムム、確かに美味い。やるじゃねえか嬢ちゃん」

「ありがとうございます」

「しかし、エドではむしろ酢飯を多くした方が客に喜ばれたぞ。それは一体どういう理由わけなんだ?」

「お得感だと思いますよ。庶民にとっては安い値段でお腹いっぱいになれる方が嬉しいですし。でも、今回食べさせる相手はグルメな大名様ですから」

「ああ、なるほどなあ。米で腹を膨らませる必要もないってか」


 店主は納得するともう一貫口に放り込み、よく咀嚼して味わう。


「しかしこの酢飯……。嬢ちゃんに炊いてもらったが、俺の酢飯よりもはるかに魚との親和性が増している。きっと量だけの問題じゃねえ。何を工夫したんだ?」

「工夫した点は二つあります。一つは握り方。わたしはおにぎりをよく作るんですけど、おにぎりを美味しくするコツは米粒に空気を含ませることなんです。優しく、ふわっと握ってあげるわけです。でもお寿司のサイズだと、優しく握ろうとしたら崩れてしまう。そこで……」


 カエデはひつぎから酢飯を少量手のひらに乗せると、親指でくぼみを作り、その周囲から米を包み込むようにして形を整えてみせた。


「こうして先にくぼみを作れば、中に空洞ができて、ほろりとした食感になるんじゃないかと思いつきました。上手くいってよかったです」

「ちなみにもう一つの工夫ってのは?」

「酢飯のレシピを少し変えてみました。ここの酢飯は赤酢、白酢、塩を調合していますよね。サイズを小さくしたら酸味が物足りなくなったので、白酢を足したんです」

「ははあ。確かにこのサイズならこっちの方が美味いな。よくそんなところまで気が回るもんだ」

「わたし、料理は必ず味見をすることにしているんです。味覚にはちょっと自信があるんですよ」


 カエデは得意げにちろりと舌を出した。


「兄様にまずい食事は食べさせられないですから」

「なるほど、嬢ちゃんは兄ちゃんのために料理の腕を磨いてきたんだな。いい子じゃねえの」

「あっ、いえ……あの……」


 そう言われた途端にカエデが顔を赤くしてうつむいてしまった。

 確かに記憶喪失のカエデが里で居場所を作るために料理を頑張ってきたことはよく知っているが、この会話の流れだと変な誤解をされてしまいそうだ。つられて俺の方までなんだかむず痒くなってしまう。

 ほら、案の定店主もニヤニヤ笑ってるし……。


「あんたたちは、あれか。てっきり兄妹か若夫婦かと思ってたが、そんな初心うぶな関係だったのかい」

「ほ、ほっといてください!」

「へいへい、深入りはしねえよ」


 そう言いつつ薄ら笑いを隠そうともしない店主は、自分でも少量の酢飯で寿司を握って食べると、満足そうに大きく頷いた。


「ともかく、これで大名様の件はどうにかなりそうだ。二人には感謝しかねえ。ありがとうよ」

「いえいえ、お役に立てたなら何よりです」

「俺たちも寝床を貸してもらったしな。持ちつ持たれつってやつだ」

「そういや二人はこの町をいつ出発する予定なんだ? こんなに助けてもらったんだ。俺の手柄みたいに言うのもバツが悪いし、よかったら三人で大名様のところに行かないか」

「ありがたい話だが、明日の早朝には発たなきゃいけないんだ。急ぎの旅の途中でね」

「そうか……残念だ」


 追われている身の俺たちが大名の前に堂々と姿を晒すことなどできるはずもない。

 そもそも店主を巻き込んでしまっている時点で、彼には相当な迷惑をかけているのだ。俺たちの正体が知られる可能性は万が一にも防がなければならない。知った上で俺たちをかくまったとなれば、店主まで罪に問われるだろうからだ。

 そんな事情も知らない店主は、のんきに大きなあくびをした。


「さてと、じゃあ寝ようかね。あんたたちの寝床はそこのふすまの先の部屋を使いなよ」

「恩に着る」

「部屋にあるものは何でも使って構わないが、二人で夜にうるさくするのだけは勘弁な」

「しねえよ!!」「しません!!」


 二人同時に大声で反論すると、店主はケラケラと笑った。


「若いねえ。じゃ、おやすみ」


 そう言い残して店主は去り、台所には俺とカエデだけが残された。

 俺も大きく伸びをする。都を脱走して以降、風遁で脳を酷使した上に徹夜でここまで歩いてきたから、さすがに眠気の限界だ。


「さてと、俺たちも寝るか」

「……う、うん。そだね」


 何気なく声をかけると、カエデはなぜかバツが悪そうに両手の指をもぞもぞと絡ませていた。加えて上目遣いで、俺の顔色を窺っている。さっきまで普通だったのに……急にどうしたんだ?


「あのさ、兄様……」

「ん?」

「……兄様は、したくないの?」

「え、何を?」

「……なんでもない」


 カエデは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。な、なんなんだ一体……。


「悩みがあるなら聞くけど」

「なんでもないったら。ほら、寝よ寝よ!」

「あ、ああ」

 

 よくわからないまま、俺はカエデに背中を押されて寝室へ入る。

 そういえば、ヨッカイチに着く前の山道でもカエデは何かを言い淀んでいた。あのときは触手の危険性について話していたのだったか。

 今回のことと関係があるかわからないが、いずれにせよ、カエデが立て続けに自分の気持ちを隠すような素振りをするのは珍しい。元々とても素直な子なのだ。


 取り立てて追及するほどのことではないとはいえ……なんとなく、俺は漠然とした違和感を覚えたのだった。



***



 ――翌日。


「新鮮な魚とほろりと崩れる酢飯の調和! 実に美味! これぞ儂が待ち望んでいた”エドマエ寿司”である!」


 城のお座敷で、丸々と肥えた大名は満面の笑みで寿司を堪能していた。

 いつも剣呑な顔をしている大名が唯一機嫌を良くするのが美味い食事に出会えたときであり、すなわち、彼の笑顔は、店主の寿司がお眼鏡にかなったということに他ならなかった。


「うむ、気に入った! そなたを我が城に雇い入れようぞ。これからも寿司作りに励むが良い!」

「へい! ありがたきお言葉!」


 店主は頭を下げながら、緊張がどっとほぐれるのを感じた。

 この成果を昨日の二人組にも伝えたいと店主は思った。しかしあの二人は今朝、店主が目覚めるよりも先に姿を消していた。それに思い返してみれば、店主は二人の名前すら教えてもらっていないし、旅の行き先も聞いていない。

 ……不思議な二人だった。もう二度と出会うことはないのかもしれない。


「ところで話は変わるが」


 昨日のことに思いを馳せていた店主は、大名から話を振られ、姿勢を正した。


「へい、なんでございましょう」

「今朝方、朝廷から便りが届いてな。謀反人の若い男女二人がこの近くに潜んでいるかもしれぬという警告だ。これから町に触れ書きを出すが、そなたも何か知らぬだろうか?」

「……!!」


 店主に再び緊張が走る。

 大名が掲げた人相書き。そこに描かれているのは、まさに件の二人組だった。印象に残らない薄い顔立ちの男と、朗らかな童顔の少女だ。


「私は……」


 一瞬……ほんの一瞬だけ、店主は逡巡した。もしもあの二人が、重罪を犯して逃亡中の悪人だったのだとしたら。何食わぬ顔して自分を騙していたのだとしたら。

 しかし、店主はすぐに考えを改めた。彼は自分の目で見たものを信じる性格だった。わずか一夜だけの付き合いとはいえ、二人の見せた純朴な笑顔が偽りだとは到底思えなかった。


「……いいえ、何も存じ上げませぬ」


 店主はそう答え、かすかに笑った。

 願わくは二人の旅路に幸あらんことをと、心の中で祈りながら。

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