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幼馴染は触手の姫  作者: もっしゃん
第二章:逃げる者 追う者
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朝廷の忍


 激動の一夜が明けてから、俺たちは任務の後始末に追われていた。


 まず、捕らえた教団員たちを、村の大きな屋敷にまとめてぶちこんだ。

 地主を問い詰めたところ、村人全員が教団の信者だったわけではないと言う。数年前から、怪しい人々が移り住んでくるようになり、やがて森の広場で集会をするようになったのだそうだ。地主としては不愉快だったが、触手憑きで脅されていたため仕方なく従っていた、と。

 ……もっとも、この話も本当かどうか疑わしいが。


「瘦せぎすの男? ああ、あいつの名前は『ムナガラ』だ」


 縄で縛られた地主は「変な名前だよな」と笑った。

 ムナガラは村に住んでおらず、ときどきどこかから訪れて、様々な儀式を主導していたという。

 カエデを触手にした張本人。あいつとはまたどこかで戦わなければならない。そんな気がする。


 ともかく、これから二十人弱の教団員を取り調べなければならないし、村の詳しい調査も進めたい。朝廷に帰って報告もしなければならない。

 とてもじゃないが俺と姉さんだけでは人手が足りない。

 そこで俺たちは、近くの藩主はんしゅに協力を求めることにした。


 九頭龍戦争を経て、ジパングの政権は幕府から朝廷に移ったが、トップが変わっただけで政治の仕組みはさほど変わっていない。上手く回っているシステムは変える必要もなかったからだ。

 大名がそれぞれの藩を治め、侍たちは戦に備えて城を守っている。


 そんな城の一つ、ゼゼ城は、ジパングで一番大きな湖のほとりにある城だ。

 湖に突き出た土地に築かれた天守閣は壮観で、観光の名所にもなっている。

 いま俺たちが立っている城門も、湖を利用して造られた立派な堀にかけられた橋の上にある。


「朝廷直属の忍……だあ?」


 城の門番をしている侍が、俺とカエデを胡散臭そうにジロジロと眺めた。

 姉さんだけはここにいない。監視役として村に残っている。


「ずいぶんチンケな格好じゃねえか。それに若い。大人をからかうなよ」

「証拠ならある。帝の印だ」


 俺は勅命ちょくめいの巻物を広げ、侍に突きつけた。

 巻物に記されているのは、俺たちの身分を証明する旨。九頭龍教団の調査を命じる旨。その際に藩主は協力の要請に応じなければならない旨。そして、それらの文言の最後に押された、帝の朱い印。

 侍は巻物に目を通すにつれ、顔を青ざめさせていった。


「……へへえ、これはご無礼をお許しください」

「あの村はゼゼ藩の管轄だろ。調査のための人手が欲しい」

「承知しました。ただいま手配いたします」

「ああ。いい侍と馬を頼む」


 これで仕事が楽になる。つくづく朝廷直属という肩書きは便利だ。


「それから……ご無礼のお詫びのしるしに……ほんのささやかな気持ちですが」


 すっかり態度を変えた侍は、声を潜めて、懐から小判を取り出した。

 俺は内心でやれやれとため息をつく。朝廷に媚を売ろうとしているのだろうが、一介の忍である俺に取り入ったところで良いことなど何もないのに……。それに、金なら十分持っている。


「いや、俺、そういうのは受け取らないことにしてるから」

「いえいえ、そうおっしゃらずに……」


 強引に小判を握らせようとしてくる侍を押し返す。

 俺たちが押し合っていると、ポロリと小判が手から転げ落ちた。


「「あっ」」


 小判はそのまま橋の上を弾み、転がり、堀へ落ちていく。

 侍の顔に悲壮な色が浮かんだそのとき。

 俺たちの眼前を、薄紅色の物体がものすごい速さで横切った。


「よっと!」


 カエデの右腕から伸びた一本の触手が、水面スレスレのところで小判を受け止める。

 触手の先端で器用に小判をつかむと、すぐさま触手を引っ込め、素早く小判を左手に持ち変え、侍に差し出した。

 この間、わずか一秒。


「お金は天下の回りもの。落としちゃダメだよ」

「え、あれ……え?」


 侍はポカンとしてしまっている。何が起きたのかまるで理解できていない様子だ。

 落としたはずの小判が一瞬のうちに目の前の少女の手に戻ってきたのだ。狐に化かされたような気分だろう。


「ああ、ありがとう……」

「くひひ、どういたしまして」


 困惑しながら礼を言う侍に、カエデはにっこりと笑顔を返した。 



***



「……ってことがあってさ。触手を見られたらどうなるかと思ったぜ」

「笑いごとじゃないわよ、それ」


 村に戻った俺たちが城での出来事を姉さんに話すと、思いっきり顔をしかめられた。


「カエデちゃんも! 人前で触手を出しちゃダメって出かける前に言ったよね!?」

「でも、”手”の届くところにお金を落としたら、姉様も拾うでしょ?」

「いや……そうかもしれないけど……」


 触手を操れてしまうだなんて、俺も最初は信じられなかった。

 それでも実際に、自由自在に触手を操るカエデの姿を目の当たりにしてしまうと、現実を受け入れるしかなかった。

 つい昨夜に生えたばかりだとは思えないほど、カエデは触手をまるで手足のように使いこなしている。


 ──そんな触手の生えたカエデはこれからどうするべきか。それが目下の問題だった。


 いま、教団員の監視はゼゼ藩の侍にまかせ、俺たちは三人だけで民家を借りている。

 この話は決して他人に聞かれるわけにはいかないからだ。

 

「あたしは朝廷に報告すべきだと考えるわ。包み隠さずにすべて話して、上の指示を仰ぐ。カエデちゃんの処遇も含めてね」

「俺は反対だ。朝廷がこのことを知ったらカエデをどうするかなんておおよそ想像がつく。監禁するか、兵力として取り込むか、人体実験にでも使うか、最悪の場合──」


 俺はそこまで言って、口をつぐんだ。その可能性を口に出したくなかった。


「──とにかく、ロクな目に合わないのは確かだ」

「まあそこはわたしも同意するけどね。じゃあ他にどうすればいいって思うの?」

「これまで通り、コウガの里で暮らせばいい。触手を操れるって言ったって、カエデはカエデのままなんだから」

「あたしたちは朝廷直属の忍。勝手な判断で危険な触手憑き・・・・・・・をかばうべきではないわ」

「カエデのことを触手憑き・・・・って言うなよ。見ての通り危険なんかじゃない……」

「……危険じゃないって、本当にそう思うの?」


 姉さんに真剣な目つきで問い詰められ、俺は思わず視線をそらした。

 触手への恐れがまったくないと言えば嘘になる。

 カエデから生えた触手の外見は、触手憑きのそれとまったく同じなのだ。父さんの腹を貫き、命を奪った凶器と同じだ。


 それに、カエデが自我を保っている理由もわからない。

 おそらく触手を呑みこむ前に吐き出したおかげだと推測しているが、定かではない。

 もしも姉さんが言うように、カエデが”危険な触手憑き”になってしまったら、そのとき、俺はどうすればいいのか……。

 昨晩はその可能性が頭から離れず、結局ほとんど眠れなかった。


 大事な人のはずなのに、怖い。

 自分の手で守りきれる存在じゃなくなってしまったのかもしれない。

 守っていい存在なのかどうかも自信がなくなりつつある……。


「ま、危険かどうかを議論するつもりはないわ。それを判断するのはあたしたちじゃないのだから」


 俺が黙りこくっている中で、姉さんは冷静に言い放った。


「あのね兄様」


 これまで静かに話を聞いていたカエデが口を開いた。


「わたしも、偉い人に話す方がいいと思う」

「カエデ」

「教団のムナガラっていう人は、わたしのことを知っているみたいだった。何か目的があって、わたしに触手を呑ませたんだと思う。それならきっとこの先、里で静かに暮らすのは無理なんじゃないかなって。また狙われて、里のみんなにも迷惑をかけちゃう」

「それは……そうかもしれないけど」

「だったらせめて、兄様と同じ目線で教団を追いたい。……わたしも朝廷の忍になるよ」


 カエデの言葉に、俺は目を丸くした。

 突拍子もない提案だが、カエデなりに考えて出した結論なのだろう。その口調に迷いはなかった。

 あれほど恐ろしい目にあったのに、すでに自分の運命を見据えている。ならばその決意を無下にすることはできない。


「……ああ、わかった。朝廷に行こう」


 俺はしばらく目を閉じて考えたのち、頷いた。

 忍になりたいという願いがすんなり受け入れられるとは到底思えない。

 どんなに俺が朝廷を説得しても、一介の忍では限界がある。カエデにとって残酷な処遇を決められてしまうことも視野に入れるべきだろう。


 それでもそんなときにこそ俺がカエデを守らなければならない。

 触手が怖いなどと気の迷いを抱えたままでは、最悪の結末へとまっしぐらだ。

 俺は自分にそう言い聞かせ、不安に無理やり蓋をしたのだった。

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