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ノコギリソウを切り捨てて

作者: 古時計屋

誰にも求められていなかった。

誰にも愛されていなかった。

誰にも関心されていなかった。

言葉を連ねて僕を形容するのならば、こうなる。

僕という人間は数十億もの中のちっぽけな1であり、その中でも頭角を表す1でもなければ、注目を浴びる1でもなかった。

そんな僕という人間が何故このような状況に陥れられているのかはわからない。

僕の周りを囲うのは3人の強面の男、僕の背には1人の少年。

少年は殴られた後か、顔に青い痣を作っている。

その間に立っている僕。

何故、このような状況に立ってしまったんだろうという後悔が胸に押し寄せる。

ただ、少年が男たちに殴る蹴るの暴行を受けているのを見て、ただ、それを見ていることができなくて、ただ、気づいたらその間に割って入っていた。

ほとんど衝動的なもので、行動を起こしたあと冷静になってみると自分の馬鹿さ加減に自分を殺したくなるところだ。


「なんだ、兄ちゃん。お前この坊主の友達か何かか?」


強面の男の1人がそう尋ねる。


「いや、僕は、この子を知らない。」


そう言う僕に彼らは顔を見合わせて笑った。


「正義感で出てきた口か、やめとけやめとけ、そういうのは俺たち殴り殺したくなるから……。」


今引けば見逃してやると、そう言葉なく告げるその姿は傲慢で、どこか残忍さも持ち合わせていた。

背にいる少年は泣いている。

逃げるべきだ、ただでさえ喧嘩なんてやったことのないもやし体型。

3対1なんて不利を素人がどうにか出来る筈もない。

ここは目をつむって、逃げて――

――少年が泣いている。


ああ、まったくなんで僕はファイティングポーズなんて取っているんだろうか?

それは間違った判断だと理性が絶叫する。

お前はその少年を守れない。

3人の男にボコボコにされるのがオチだ。

けれど、これを見過ごしてしまえば、どこか僕は自分に永遠に誇れない気がしたのだ。

指に力を入れて拳を握る。深呼吸。冷静に考えろ、覚悟を決めろ。

退路は無い。自分でそんなものは捨てた。

この子を守る。ただ、それだけに己の全てを使い尽くせ。

僕は叫んで、男たちへと走った。

拳を振り上げ、男の1人のこめかみに向けて――

――瞬間、自分の顔面に石をぶつけられたような激痛が走る。

鼻がひん曲がりそうな痛みに、歯が口の中で転がり血の味が広がる。

その時、僕は初めて殴られたのだと気づいた。

僕は痛みに悶絶し、その場で倒れた。


「なんだ、向かってくるから多少腕に覚えがあるのかと思えばド素人じゃないか……。」


そう言って男たちが倒れた僕に蹴りを加える。

みぞおちに入る蹴りは激痛で情けなく僕は吐いた。

僕が動かなくなるまで蹴りを加えた後、男たちは少年へと向かう。


「じゃあ、ガキ次はお前の番だ。」


そういって少年の頭を掴んで、殴りかかろうとする男の足を僕は掴んだ。

もうやれることはやっただろう?と僕の中で何かが言う。

けれど、僕は、それを見過ごすことはどこか酷い罪な気がして、痛みにこらえながら、掴んだ足を引っ張った。

想定外の攻撃に男はバランスを崩して前のめりに倒れる。

僕は激痛を堪えて立ち上がり、両腕を横に伸ばして抑え込むように二人の男に向かっていった。

男たちの殴る蹴るといった暴行が僕を襲う。

激痛に顔が歪む、涙が止まらない。

だけど、僕は口を開く。


「今なら逃げられる、立ち上がって逃げるんだ!早く!!」


それは義務にも似た強迫観念だった。

少年は泣きながら立ち上がり逃げ出す。


「くそ、ガキ、コラ!!!」


少年が立ち去ったのを確認して、僕の体は力を失う。


「この野郎、どうなるかわかってんだろうな……!」


わからねえよ。

そう答えることも出来ずに僕の意識は闇に沈んだ。

ふと、考えることがある。

この星に住む人口の数おおよそ75億人。

その中の1人であるということはどれほど価値があることなのだろう。

僕はちっぽけな1人だ。会社の社長でもなければ、学生時代優等生だったわけでもないし、何か特別な賞を受賞したわけでもない。

そんな人間が何かをした所で75億の何かが変わるわけでもない。

だから75億の生命の中でひっそりと生きようと思ったのだ。

誰にも障ることなく、ひっそりと……。

じゃあ、今日の僕の行動はなんだろう?

今日、僕は1人見知らぬ人を助けた。

善行だと人は言うかもしれない。確かに僕はいけないことだと思った。

独りよがりだと人は言うかもしれない。確かに僕は彼を助けうる力量を持たなかった。

見過ごせばよかったのにと人は言うかもしれない。確かに僕は少年とは他人だった。

だからといって何かが変わることなのだろうか?

けれど、それをしなければいけないと僕の中の何かが叫んだのだ。

ふと、目を覚ますと、既に日は沈んでいて真っ暗だった。

俺の顔を覗くようにして、浮浪者の老人が


「兄さん、大丈夫かい?」


そう尋ねた。

僕は大丈夫とろれつの回らない口で答えて、立ち上がる。

辺りに先程暴力を働こうとしていた強面の男も少年も既にいなかった。

僕は1人、この外路地でずっと伸びていたようだ。

全身が鞭打ちみたいに痛い。

口の中が切れていて鉄の味しかしない。

僕は、1人少年の無事を祈って帰路につく。

浮浪者が言う。


「遠くから見ていたけれど、兄ちゃん格好良かったよ!」


僕は、その言葉に笑って、少し泣いた。

僕が頑張っても世界は変わらない。

けれど僕は変わることが出来る。きっと……。

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