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地の底でも流星は輝く


「KEEEEEEAAAAAAAAA!!!」


牙を無くしたワームが立ち上がる。全身を覆う甲殻も、一番固いであろう牙を斬られた今となっては裸同然に見えた。

攻め手に欠け、守りも心許ない。もし、奴に理性があったのなら、すぐさま撤退するだろう。


しかし、奴の闘志は全く陰りを見せない。

それどころか、より一層燃えているようにすら見えた。

威嚇のつもりだろうか、10mはゆうにあるだろう天井。

そのすれすれまで頭をもたげて俺達を見下す。


どこまでも、無機質な視線で見つめるワーム。まるで、瞳の中で渦巻く憎悪の炎を隠すかのように冷酷だ。


「下がってくれ、イカズチ。」


ドーマが端的に指示する。さっきまで滲み出ていた余裕が消えた。

その言葉を受けて、一歩一歩地面があるか確かめるように後退する。



ワームは近づいて来ない。

歩みや呼吸、視線に乱れが生じるのを待っているのだろうか?

怖い。一目散に逃げ出したい。しかし、背中を見せた先にあるのは死だ。絶対に目を離さない。


もう、何歩後退しただろうか。

ワームの視界から俺が消える。どうやら、意識を全てドーマにぶつけているようだ。

束の間、ホッとする。


「見たこと無いタイプだな……変異種か?」


ボソリとドーマが呟いた。

それが会話を求めての発言でないことが表情でわかる。

油断するな、慢心するなと自己暗示を掛けているよう。

全神経を尖らせ、一分の隙も見せない両者。

永遠のような、数瞬後には儚く崩れそうな、奇妙な静寂が訪れた。


「「!!!!」」


奇しくも、両者が動き出したのは同時。

開戦の狼煙(のろし)のように、ドーマの立っていた場所に土煙があがる。

「ッ!!」

ドーマがワームの前に躍り出た。

良かった。無事に回避できたようだ。


「わが手に来たれ、梓弓(あずさゆみ)!」


虚空から現れた弓を掴み、矢筒から弓矢を取りだしセット。

そのまま甲殻の隙間、柔らかな肉体を正確無比に撃ち抜く!

不安定な体勢の中、計7発を全て命中させる曲芸じみた絶技。

ワームの身に浅からぬ傷を与えたその矢はしかし、


「KEEEEAAAAAAA!」


ワームの咆哮と共に体内に吸収され、傷は癒える。

何てことだ。奴の強みは巨大な牙なんかじゃなかった。

巨大な質量と圧倒的再生能力。それに超高速の喰らいつき。

奴の力を知った今、立場が逆転したかのように思える。

攻撃が通用しない。そんな絶望的な状況でも、彼女は不敵に笑っていた。


「牙を治さないのは、再生できるのが本体だけだからか。ふむ、なら問題は無いな。」


挑戦するような瞳ではない。あぁ、そうか。彼女のイメージではすでに奴を倒している!


「見ていろ、イカズチ。改変力を使わない倒し方を教えよう。」


反撃とばかりにワームが猛攻を仕掛けた。

ワームの頭がキツツキのように高速で、喰らおうとしては引く。


牙を失ってなお、必殺の一撃。その連撃によって、ドーマは防戦一方にならざるを得ない。

必然、圧倒的リーチの差、機動力の差がドーマを壁際まで追い込んだ。


いや、違う。誘っているのか?!

ワームの頭が愚直に突っ込み、ドーマが真上に飛んでそれを躱す。

そうか!ワームが壁にめり込むこの隙を狙っていたのか!

背中に乗ってしまえば、一気に形成が逆転する。


刹那、待ってましたと言わんばかりに体の節々から毒々しい奔流が溢れ出る。

触手だ。触手が逃げ場の無いドーマを辱しめようと貪りつき…、

まだだ。ドーマはこの展開を()()()()()()!!


空中で姿勢を整え、壁を踏みしめ、蹴る。

隕石が落下したかのようにめり込む壁。飛び出した流星が触手を切り開き、その身に(まと)った熱波が周囲を焼き尽くす!

音すら追いていくその一撃は、ワームの体を真っ二つに切り裂いて――


遅れて轟音が響き渡り、大地が揺れる。

直後に訪れる沈黙、出来上がった2つ目の窪みから這い上がる者が見えた。

ドーマだ!

少しフラッとした足どりで俺に近づくと、


「参考になっただろうか?」


と聞いてきた。

どこからつっこむべきか。俺にはわからなかった。



※※※※※



あの後、ドーマに背負われながら、急いで養蜂箱のある場所に向かった。

大きな物音は魔獣を誘き寄せるからだ。

あの時点で半ば魔獣たちによる包囲網が完成していたが、

千里眼と気配感知で遭遇(エンカウント)を避け、どうしてもぶつかるときは潜伏でやり過ごした。

もうね、全部彼女でいいんじゃないかな?


心なしか、役目を全て奪われた没落貴族の密告(こうもり)達がしょんぼりしているように見えた。



一人がギリギリ通れるぐらいの通路を進んでいくうちに、芳香が鼻腔をくすぐり始める。

通路を抜けると、鮮やかな色合いが視界いっぱいに広がった。

花畑だ。

薄暗いダンジョン内とは違い、まるでのどかな昼下がりのように明るい。

ドーマの背中から降りると、足に伝わる柔らかな草の感触が心地よく感じられた。


「着いたぞ。ここが蜂蜜の採集場にして、安全地帯。昔はよく、花の楽園(ピースフル・スポット)と呼ばれていた場所だな。狭い通路に、幾重にも貼られた隠蔽と聖域指定(アンタッチャブル)のお陰で魔獣は近寄れない上に、出現(ポップ)しないようになっているんだ。」


「へぇ~。」


聖域指定は魔獣が出なくなる魔法なのだろう。村が安全なのも、恐らくその魔法のお陰と見た。そんな疑問よりも伝えなければならない言葉を思い出す。


「さっきはありがとうね。ドーマ。お陰で助かったよ。」


「気にするな。と言いたい所だが、もうあんな危険な真似は止めるんだぞ? 行きたいところがあるなら拙者がいくらでも連れていってやるからな! どうせ暇だし……。」


最後の方は、聞き取れなかった事にしておこう。


その時、リリリリとデバイスの音が響いた。あっ、忘れてた。

スワイプで通話モードにすると、


「イカズチ、生きてるかの?良かった、本当に良かったのじゃ~!!!! ぐずぐず、ひっく。」


幼女のガチ泣きが聞こえてきた。心配してくれてたのは嬉しいんだけど、なんだろう。この罪悪感……。


しばらくすると、グレラは大分落ち着いてきた。

その間、ドーマが虚空から御座とおむすびと水筒を取り出して、くつろぎ始める。あっ、おむすびありがとう。じゃないよ。フォローしようよ。


「今回は本当にごめんなさいなのじゃ。完全に儂の想定不足だったのじゃ。 まさかオーガユーニスの特異種が99階に出るとはのう……。」


「さっき戦っていた時も言ってたけど、特異種って何?」


「本来、オーガユーニスの原種は74階から85階にかけて出てくる魔獣だ。しかし、特異種は本来の階層より下、今回の場合99階だな――に出てくる。原種とは比較にならないくらい強い状態でな。

ちなみに、原種は体長7mぐらいで、再生能力も触手もないただの初見殺しぐらいしか脳の無い雑魚だ。」


おむすびを食べる手を一旦止めて、いきいきと解説し出すドーマさん。

体長7mのワームを雑魚呼ばわりとはたまげたなぁ。

というか、あのワーム、割とカッコいい名前だね。


「そういえば、ドーマって釣りをしてたんじゃ無かったっけ?どうしてピンチに駆けつけてこれたの?」


行ったことが無いからわからないが、1時間少しで釣りを終わらせ、ここに来るのは厳しいだろう。

恐らく、何らかの事情があったはずだ。


「釣りに行く途中、デバイスから共有倉庫の魔道具がいくつか持ち出されたと通知が来た。少し、心配になって様子を見に来たら案の定、な。」


「そんな機能あったのう。すっかり忘れていたのじゃ。誰がどれを借りているか判れば、持ち主不明や紛失といったトラブルを防ぎやすくなるからの。」


「まさか開発者本人が忘れてたとはな…。」


なるほど、それで助けにこれたのか。少し、マッチポンプな気はするけど、グレラにも感謝しないとね。


「イカズチも今回の危機で生存本能を刺激されたじゃろうからのう……。きっと今夜はほとばしる若さを儂の体に……。」


やっぱ感謝しなくていいか。




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