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その境界線は近くて遠い


「うっ……」


激痛で思わず、うめき声が漏れる。

あの後、分裂したサルプァーに追われながらも、何とか階段にたどり着いた。


どうやら、気づかないうちにサルプァー達を撒けたらしい。

ひとまず階段に腰を掛ける。

軽くパニックになってたドーマも落ち着き、俺の惨状に気づいた。


「失敗ばかりですまない…。怪我は大丈夫か?早く治癒魔法をかけたほうがいい。放っておくとひどくなるぞ。」


「さも当然の如く治癒魔法が出てきたけど普通の人間は使えないよ!? そう言うドーマは使えるの?」


「恥ずかしがらなくてもいい。村長と同じく使えない体質なのだろう?村に帰れば薬があるが……。とりあえず応急処置をしないとな。」


そう言って、袖から赤い手拭いを取り出し、傷口の上から強く巻く。


「大丈夫か?痛くはないか?」


「うん。大丈夫だよ。ありがとう。でも意外だね。治癒魔法があるなら、それでパパッと治すのかと思ったよ。」


本当はまだ痛かったが、女の子が心配そうな顔で聞いてきたら強がらずにはいられない。悲しい男の性を隠すために、話を逸らす。すると、意外にも驚いたような顔をした。


「治癒魔法を他人に、か。確かに原理的には可能かもしれないが2つ大きな壁がある。」


話が長くなるからと、俺をおぶって階段を下り始めた。背中の温もりが心地いい。


「1つは復元が非常に難しい。たとえば、今のケースの場合、皮膚の再現だけならある程度は可能だろう。しかし、その中の血管や肉の再現はかなり厳しい。通常、治癒魔法は自分の中の無意識にある体の設計図を元に、肉体を再現する。しかし、他人の体の設計図を見ること、ましてや把握する事は神の所業だ。設計図を無視して治癒魔法をかけるとどうなるか。これは言うまでもないだろう。血管の太さが噛み合わない、血液の凝固が起こる等とんでもないことが起きてしまう。」


何やら難しい話になってきた。話をせがんだ手前、遮るわけにはいかないので、大人しく聞く。

間違ってもドーマの髪から漂ういい匂いに心奪われたりしていない。してないよ?


「次に、先ほどの条件をクリアしたところで、今度は別の問題が残る。他人の改変力から生成された肉体はどうしたって違和感が残ってしまうのだ。違和感を舐めてはいけない。再現する部位によっては、違和感に耐えきれずに腐り落ちたりする場合もある。これを解決するには受ける側の改変力を操作して治すか、高度な認識改変を脳とその部位にかけ続けるしかない。話の流れから何となく察しているとは思うが、もちろん両者ともに不可能に近い。って、イカズチ聞いているか?」


「ももももももちろんきいてたよよよよよよよ!」


突然、ドーマが振り向いた。慌てて誤魔化したけど温くて、疲れていて、退屈な話しに謎の安心感。もうね、寝るなという方が無理があると思う。


「そうか。誰かの質問に答えるのは初めてだからつい張り切ってしまってな。分かりやすかっただろうか?」


「ウン、トッテモワカリヤスカッタヨ。」

良かった、気づいていなかった。


「そうかそうか!他にも分からないことがあったら何でも聞いて欲しい。いつも誰かに教わってばかりだったからな。うん、人に何かを教えるのはとても心地いい!」


罪悪感が半端なかったけど、少女のような無邪気な笑顔がとても可愛らしかった。思わず、俺も笑ってしまうぐらいにはね。


※※※※※


長い長い巨大な螺旋階段を降りていく。

眠気がそろそろ限界レベルに達してきたが、

上機嫌なドーマをもう少し見ていたい気もする。

さて、どうしたものかと悩んでいると、

突然リリリリと、音がした。


ドーマは素早くデバイスを実体化させると、電話に応じる。


「儂じゃ。お主の背中に生体反応があるが、ペットかの?村では飼えぬから、辛いじゃろうがちゃんと捨ててくるのじゃぞ?」


老いた口調に反して、少女のような可愛らしい声がした。

ドーマと親しい仲なのか、ある程度砕けたような優しい雰囲気だ。


「いや、ペットではない。聞いて驚け、なんとジタン族の生き残りを保護した。詳しい話は着いてからする。手負いで、治癒魔法を習得していないようだから手当ての準備を頼む。いつも悪いな。」


「なんと!念のため訪ねるが、化けた魔獣では無いんじゃよな?老若男女構わず喰っちまうような、性的に飢えた狼じゃったら、大歓迎なんじゃがのぅ。」


「確かに男だが、村長……。900才越えたんだし、いい加減にそういうのは諦めた方が…。いや、何でもない。何でもないから泣くな! 」


「じゃって…。儂だって結婚したいんじゃもん。幸せになりたいんじゃもん……。第一な、こんなときに男が来るんじゃぞ!もうこれをディスティニーを言わずして何という!こうなったらいかなる手段を用いても既成事実を作って」


「ところで、今の発言は全部丸聞こえだったが大丈夫か?」


「え"っ………?」


「どうも、ジタン族とやらのイカズチと申します。」


とりあえず、自己紹介をしておく。ジタン族=人間の認識でいいんだよね?


「……………………………………。」


突如、沈黙が訪れた。


「…うおぉぉぉ?!鎮まれ!もう一人の邪悪な儂!くっ、久方ぶりに人格を乗っ取られてのう。もう大丈夫じゃ。で、家事万能 性格完璧 未だ処女 の儂なんの話じゃったかのう?」


「流石に強引過ぎないかその設定!そして直後にセールスポイントを語感良くアピールしつつ、自分で性格完璧と行ってしまう面の厚さ!絶対にチャンスを逃さまいとする貪欲な姿勢に拙者、ドン引きなんだが!?」


「早速、歓迎会の準備をせんとな!あっ、薬は用意してあるから安心するがよい。」


「まさかのツッコミ完全スルー?!いまから歓迎会の準備をしても間に合わないと思うのだが…。」


「数百年間不断の努力してきた儂には造作もないかないことじゃ!」

それにのぅ、と一泊おいて続ける。

「何だかんだで、初対面の印象が大事じゃからな!初対面でいきなり斬りつけたり、サルプァー相手に凡ミス噛ましたあげく、怪我まで負わせたドーマとは差をつけるチャンスじゃ。 胃袋ゲットで、だいじょ~ぶ!」


「なんでその事を知って……あっ……。」


ガチャっと電話が切られる。


「イカズチは、その、気にしているか?やはり拙者のこと、嫌っていたり…。」


まるで親とはぐれた幼子のようなか細い声。

質問をしたらやけに機嫌が良かったのも、役に立ちたい。好かれたいという気持ちの裏返しだったのかも知れない。

だからこそ、否定する。


「そんなことないよ。ドーマがいたからサルプァーから逃げられたし、こうして笑い会えるんだ。こちらこそ、お返しできるかわからないけど、頼りにしてもいい?」


想定外だったのかきょとんと、した後に笑顔に変わった。


「あぁ!拙者にお任せを!」


彼女にはやっぱりニカッとした笑顔が似合う。


※※※※※


「ふぅ、着いたぞ。ここが地下100階。拙者らの里だ。」


長い階段を降り終わると、巨大な城壁が出迎えた。

100m以上先にあるにも関わらず、威圧感を放つ重厚な鉄扉。

周りはコンクリートだろうか?滑らかな壁がぐるりと周囲を覆っている。

城壁の回りには堀があり、長い木製の橋が掛かっていた。

辺りは夜のように暗いが、暗闇に紛れて侵入するのを防ぐためか城壁とその周辺はライトアップされている。

木製の橋は近くで見ると、高級な西欧家具に使われてそうな木材で出来ていた。

下の掘りには透明な水が光を反射してきらめいている。


鉄扉の近くまで来たが、門番らしき者はいない。


「おーい、ドーマ・プラム=スカイゴットだ!誰かいたら開けて欲しい!」


ドーマが呼び掛けるも返事がない。

しかし、ドーマはあらかじめ知っていたようで、気にした様子もなくスマホを取りだし何らかの操作をした。

すると、鉄扉は自動的に開き、中の光景が視界に入る。

里、という田舎じみたイメージとはかけ離れている。

そこは、美しい町だった。


建物は赤い煉瓦で出来ていて、暖かな光を放つ街灯や地面に埋められたライトがノスタルジックな雰囲気を演出する。

道路は石のタイルが幾何学模様を描き出しており、素人目にもダークエルフの高い技術力が理解できた。

恐らく外にある堀の水源であろう水路は、ぼやけた鏡のようにオレンジ色の街を写し出している。


「寂しい所だろう。」


自嘲気味にドーマが呟いた。


「どんなに美しい町にしようとも、そこに人がいなければただの残骸だ。」


「夜だから人が居ないんじゃないの?」


「そうではないんだ。拙者と村長以外、みんな引きこもってしまったんだ。不治の病に犯されてな。」


なにか事情があるのだろうか、しかし怒りや哀しみの混じった表情をしていて、何だか聞ける雰囲気では無い。


「早く村長に薬を貰わないとな。痛み、まだひいてないんだろう?」


でも、高々出会って数時間の俺には、境界線を踏み越える勇気は無かった。

打ち解けたと思ったんだけどなぁ。




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