ニートの外出はフラグな予感
八後雷の朝は早い。
まずは部屋の窓を開けて朝日を浴びる。
こうすることにより体内時計のズレを修正しつつ、手早く脳を目覚めさせられる。
夜遅くまでスタミナ消費に勤しむニートには必須の習慣だ。
早速俺はスマホを取りだして委託の回収、サブ端末でトレンドチェック――
せずにそのまま布団に戻る。
まだ4月。だいぶ暖かくなったものの朝はまだ冷える。
昼までもう一眠りしよう。
今はイベントもやってないし、垂れ流した分は石を割れば取り戻せる
そう自堕落に考え瞼を閉じようとしたところ、香りに気づく。
食欲そそる、国民食の香りだ。
しかし今、家に居るのは俺だけのはず。 まさか――
※※※※※
台所からかわいらしい鼻唄が聞こえる。
最近流行りのポップな歌だ。
キッチンへ向かうと案の定、幼馴染みの音芽がカレーを煮込んでいた。
少しぶかぶかな制服(高校に入ってから全く大きくなっていない。不憫)にいつものクマさんエプロン、
秋に染まる紅葉のような、鮮やかな朱色のツインテールが上機嫌に揺れている。
一応、音芽も自分の家があるはずなんだけど、何故か我が家に侵入してはあれこれ世話を焼こうとしてくる。
家事ぐらいできるし、別に来なくてもいいと伝えたら泣きそうになったので言わないけど…。
と、ここで俺に気づいたのか、
「おはよう雷。いい朝ね。もう少し寝ていてくれたら起こしてあげられたのに。」
くりっとした目を細めながら、人懐っこい笑みで言った
「あぁ。おはよう音芽。そういえば今朝、鍵もないのにどうやって我が家に入ったの?」
「えぇ、合鍵を使ったのよ。毎回、わざわざ起こして鍵を開けて貰うのも幼馴染み的にポイント低いじゃない。やっぱりお寝坊さんな主人公を起こしてこそ、正妻系メインヒロイン幼馴染足りえるのよ!」
この間貸したラノベの影響を早くも受けているのが可愛らしい。
妹キャラっぽいのも混じっている気がしているけど、突っ込むのは野暮だろう。
しかし、忘れてはいけない。音芽は俺が絡むと思考が狂戦士と化す。
だから俺は些細な違和感に気づいた。
「あれ?合鍵なんて渡したっけ?」
テレビのリモコン取って、ぐらいのごく自然な感じで聞いてみる。
すると、彼女はよくぞ聞いてくれた!と言わんばかりに自供し始めた。
「あら、知ってる?鍵の持ち手部分に番号が刻印されているじゃない?」
「ん?……あぁ、本当だ。」
普段気にも止めてなかったが、よく見ると小さいけど英語と数字が羅列して書いてある。
「キーナンバーって言ってね、その数字を合鍵屋さんに伝えれば簡単に複製してもらえるのよ。」
「手口が悪質なストーカーのそれでドン引きだよ?!」
なぜ義務教育に「常識」の時間がないのか、今日ほど疑問に思った日はない。
幼馴染みの倫理観が心配だ……。
※※※※※
地球上の物体では再現が難しそうな色をした納豆カレー(何故かおいしい)を食べ終わり、
いつも通り手早く食器を片付けた後、玄関へ音芽を見送りに行く。
俺はニートだけど、音芽には学校があるからね。
「そういえば、納豆と卵、胡椒がきれてたから後で買っておいてくれるかしら?あと、今日特売だから鰈2切れもお願いね。今晩は鰈の煮付けよ!」
玄関のドアを開けつつ、思い出したかのようにお願いしてきた。
春の少し冷たい空気が頬を撫でる。暖房で火照った体には心地良い。
「あぁ。納豆と卵、胡椒と鰈2切れな。了解。って今晩うちに来るの?! 年ごろの女の子が夜に男の家へ来るのは不味いって!」
半ば家族のような関係とはいえ、流石に無警戒すぎる。
同じマンションだから夜道とかは気にしなくていいんだけどさ…。
しかし音芽はにこにこしながら答える。
「あら、何だかんだで私を年ごろの女の子としてみてくれてたのね。嬉しいわ。でも大丈夫。私は雷を信用してるもの。それにね、」
音芽は頬を赤らめながら目を逸らし、スカートの裾をギュッと握った。
「雷になら……、いや、何でもないわ!学校にもたまには顔を出しなさいよ!」
「まぁ、気がむいたらね……。」
二度と行くことはないだろうけど、馬鹿正直には言わなかった。
面倒かつ辛いだけで、わざわざ我慢して行くメリットを感じない。
しかし、俺の誤魔化しは音芽にはしっかり看破されていた。
「今さら行きにくいってのもわかるけど、数年後ぐらいに可愛い幼馴染のスクールライフを過ごしたかったと後悔しても遅いのよ?」
それにね、と音芽は話を続ける。
「もし、また行きたくなったらいつでも言ってちょうだい。今度は私がついている。クラス全員が雷を否定しても、私だけは絶対に肯定し続けるから。誓ってもいいわ。」
力強い目で本気だとわかった。
いつもテスト前は俺に泣きついてくるくせに、と照れ隠しに軽く茶化す。
すると、むぅと幼子のように頬を膨らませた。
「さっきから言ってなかったけど、頬にカレーがついてるわよ。拭いてあげるから屈んでちょうだい」
お返しとばかりに、音芽が指摘する。
「自分で拭くからいいよ…。」
恥ずかしいし…。
「全然違うところを拭いてるじゃない。いいから屈んで。」
普通に汚れたところを教えてくれればいいんじゃないかと思ったけど、言われた通りに屈む。
すると、音芽の顔が近づいて、唇に柔らかい感触がした。今のって……………?
唇を離した後、左目を瞑って悪戯っぽく笑った。
「せっかくカッコつけたのに、茶化した罰よ。私も初めてだったんだから、等価交換よね? じゃあ、行ってくるわ!」
早口で言い終わると、そそくさ玄関を飛び出した。
頬が赤いのが後ろからでもわかる。
多分俺も、同じ表情だったからね。
※※※※※
今晩、音芽が来たらどんな表情をすればいいのか。
そんなことを考えていたら、いつの間にか買い物が終わっていた。
平日の昼下がりだからだろうか、普段は比較的賑わっている通りも人がいなかった。珍しく車も見かけない。
「ねぇ、そこのキミ。名前を教えて貰ってもいいかな。」
突然、後ろから女性の声が聞こえた。
宗教勧誘でもやってるのだろうか。ずいぶん小慣れた感じだった。
こんな人通りの少ない昼間からやるなんでずいぶん熱心だなぁ。
「もしもし?聞こえてるよね?何で無視するの?」
ティッシュ配りにすらスルーされる俺が話しかけられる訳がないので、恐らく後ろの人に話しかけているのだろう。
中学のころ女子に「キモッ笑 お前みたいな自意識過剰キモオタ野郎に話しかけるわけ無ぇだろ笑 つか、こっち向いて息すんなよ。なんか臭い笑」
と言われて以来、他人から話しかけられた気がしても、極力無視するようにしている。
イケメンのに話しかけられていた時はガムシロのような甘ったるい声で誉めそやすのにね。
ビジュアル社会は持たざる者の心を容易く砕き、持つ者には翼を与える。格差は広がるばかり。革命者絶賛募集中。
「ねぇ、もしかして対象をとる効果が通用しないタイプ?話しかけたのに無視って一番辛いんだけど?! ねぇってば!」
肩を叩かれて気づく。どうやら俺に話しかけていたらしい。
てっきり後ろの人に話しかけていたのかと思っていた。
完全に意識の外へ出していたので、若干の罪悪感を覚えつつ返事をする。
「あっ、すみませんうち仏教なんで」
「斬新な返事だね?!名前を訪ねて信仰告白されたの初めてだよ!」
宗教勧誘以外で俺に用事でもあるのだろうか?
振り向くと褐色の美少女がいた。
髪は鴉の濡れ羽色と言うのだろうか、艶やかな黒髪ロングで頭にはちょこんと犬耳が生えている。
瞳はアメジストのように輝く紫色。
エジプトの神官みたいな格好が板についている。
……。明らかに不審者だ。正直、関わったらアウトな気がする。
「コホン、ところでキミの名前を教えて貰ってもいいかな?」
こちらを見上げて訪ねてくる。顔には営業スマイルが貼り付いていた。
異国から来て苦労しているのだろう、名前ぐらいは教えてあげようかな。そう、思ってしまった。
「俺の名前は八後 雷だk…」
最後まで言葉は続けられなかった。怯んでしまったからだ。
先ほどの表情とは一転、増悪を剥き出しにした表情をむけてくる。
まるで100年越しに親の仇を見つけたかのような凄惨な顔。
「あぁ、やっと、やっとだ。やっと見つけた。お前を殺せば、お前さえいなければ……!」
もし殺意に質量があったのなら、この瞬間押し潰されていただろう。
膨大な敵意を前に思わず後ずさった。
尻もちをつかなかっただけでも大したものだと思う。
「えっ…。ごめんなさい……?」
なんで謝ってるのかは、わからない。
ただ、この場を逃れようと自然に出たのかもしれない。
とにかく何故俺が殺意を向けられなくてはならないのか。
身に覚えはまるでなかった。
「謝る必要はない。べつに今の君が何をしたって訳でもない。ただ、死ね。それで禊げ。お前の罪禍を。
我が元に来たれ、双蛇の翼仗!」
犬耳の手に奇妙な杖が現れた。
蛇のオブジェが2匹絡んでおり、杖の頂きには白い翼が生えている。
高そうな杖だな、とぼんやり思った。
脳が目の前の現象に追いついていない。
犬耳が杖を振るう。すると、犬耳の前に野球ボール大の蒼い炎が無数に現れた。
「まずは1回!」
蒼炎の一つが俺にむかって飛んでくる。
慌ててしゃがもうとしたものの、避ける間もなく俺に当たる。
すると、一気に炎が吹き出し全身に広がった。
熱い、叫ぼうと口を開くと中に炎が入り、喉を焼きつくす。
痛みで何も考えられない。
走馬灯すら見れずに、意識が闇に落ちた。
「たった1回で死ねると思った?」
再び意識が戻る。不思議に思い、体を見るとどこも焼けていなかった。
「この炎は肉体じゃなくて、精神のみを焼きつくす炎。怪我はないはずだよ」
歪んだ笑みを浮かべながら、語りかけてくる。
なまじ顔が可愛らしい分、禍々しさも際立つ。
絞り出すかのように、身体中から冷たい汗が吹き出てきた。
「それでね、この杖を振るうと、肉体さえ無事なら生き返るんだ。つまり、キミは無限に死んで無限に生き返る。ボクが満足するまでね。後、何回キミが苦しみもがくのか、考えるだけでゾクゾクするよぉ…。」
狂気を孕んだ声が泥のように耳に纏わりつく。
逃げようとしても痛みと恐怖で動けない。
それでも、とにかく助けを呼ばなくちゃ
起き上がって声をあげようとすると、
嘲るような声で止められた。
「助けを呼んでも無駄だよ。辺りに一帯に結界を貼っているからね。大人しくしていれば、ひょっとしたらボクも早く飽きるかもよ?」
蒼い炎が再び発射される。今度は諦めて力を抜いた。
願わくば、犬耳が一刻でも早く満足しますように。
※※※※※
どれぐらいの時がたっただろうか。
空はオレンジ色に染まり、徐々に夜の帳が降りていく。恐らく5~6時間の間、俺はひたすら生き返り、そして殺され続けた。
50回から先は数えていない。
心頭滅却火もまた涼し。ということわざ(ことわざだよね?)を聞いたことがあるけど、あれは嘘。
もはや何も考えられないほどに精神が磨耗していたが、熱さと痛みのせいで意識を手放すこともできない。
犬耳の周りを飛んでいる火の玉ももう数えるほどになっていた。
途中何度か補充していたものの、いい加減疲れたのだろう。
よく見ると犬耳の顔に疲労が浮かんでいた。
「ボクも流石に疲れたよ。火炙りも飽きたし、これが終わったら解体ショーでもしようかなぁ。」
ゲームに飽きたからおやつにしよう。
そのぐらいの軽さだった。
犬耳が杖を振るうと炎は1つの固まりになり、勢いよく射出される。
炎塊が目前に迫っていた。もう、何度も見た光景。
そして同じように焼かれるのだろう。
反射的に目を瞑る。
諦めて力を抜き、これから来る地獄を受け入れた。
……?いつまでたっても痛みがない。
目を開けると巨大な氷壁が目の前にそびえ立っていた。
「間一髪ってところね。生きてるかしら?」
上から鈴を転がすような声がした。
見上げると氷翼の天使が華麗に舞い降りる。
夜空を冷たく照らす月のような白い髪。
絹のように滑らかな肌。
露出は多いものの、不思議と神秘的な雰囲気さえ漂う白銀の鎧。
目元は無機質な仮面で覆われており、その下の美しいであろう顔を拝むことは叶わない。
この世の者とは思えない、ひとつの完成された美がそこにあった。
「間に合って良かった! 雷、よくがんばったわね! ここから先は私に任せてゆっくり休みなさい。」
知らない人のはずなのに、妙に安心できる声だ。
緊張の糸が切れる。薄れゆく意識の中、音芽との約束を思い出していた。
ごめん。今晩いっしょに夕飯食べれそうにないよ……。
初投稿です!ここまで読んでくださってありがとうございます!次話は今晩中に投稿する予定です。