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グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
9/64

9 三人でテーブルを囲んで

 三人でテーブルを囲んで、赤ワインを飲んでいた。長倉 理彩がある一定の量がグラスからなくなったら、すぐにワインを注いでくれた。骨と皮だけで作られたみたいな指で、それでも片手で瓶を持ち上げ、そのあともう片方でそっと支えた。清蔵はその指を見る度に、厭らしい笑みを口元に浮かべたていた。しかし、先程倒れた拍子に頬を何かで切ったらしく、細い傷ができていた。彼はそのことを気絶したことよりも心配しており、指で大事そうに頬を擦った。

 

 「俺は自分のえくぼには自信があったんだよ」と彼は言った。

 

 「私も好きよ。楽しそうで、お餅みたいで。まるで恵比寿様みたいですもの」

 

 長倉 理彩はクスクス笑う。彼女も今では落ち着きを取り戻せたようだった。

 

 「そうなんだよ。これこそ純日本人的な頬だ。悲しいことに、こういう頬は今では少ない。倫助、お前も俺の息子でありがたく思えよ? これはかなり希少なものだ」

 

 「僕はグローバルな人間みたいでしてね」と僕は言った。「あまり括りには興味ないみたいです」

 

 「グローバル! 」

 

 清蔵はそう叫ぶと、両手を天井に向けて上げた。それから彼はゆっくり息を吸い込んで、大袈裟なため息をついた。

 

 「まさしく、グローバル。どこに行ってもその言葉だ。あっちに行っても、こっちに行っても、どこも同じことを言いやがる。だがなあ、世の中は利で動いているし、だとしたら身内を優先すべきだ。まったく、グローバルを語るどのくらいの奴が海外を知っているんだろうな。そもそも、お前に海外経験があるのかい? 」

 

 「少なくともこれで一回」

 

 「おお、予想外の返事だな! 悪くない」

 

 「それより、父さん。具合はどうですか? 」

 

 「上々だよ。なかなか若いのと飲むのは愉快なもんだよな。楽しいもんだよ」

 

 「それなら良かったです。父さんも結構な歳なんだし、体には気を付けてくださいね? 」

 

 長倉 理彩も深く頷く。

 

 「そうよ、あなた。さっきまで気絶してたんだし、私はお酒も控えてほしいのだけどね。そこの息子さんが勧めたからって、無理して飲むことはないのよ。この意味、ちゃんとわかる? 」


 「……ああ、わかるよ。ありがとうよ、若い衆。これで最後の一杯にするから、この哀れな老人を見過ごしてやってくれよ! 」

 

 彼はそう言うと、一瞬でグラスを空にした。しかし数秒も経たないうちに、また発作的な手の震えが起きて、呻きながら身を丸めた。口から言葉にならない小さな声が聞こえる。それがだんだんと大きくなって、そのおかげで、ほんの少しだけ微かに聞こえた。これで最後にするよ、と彼は言っていたのだ。そしてワイン瓶をひったくるように掴むと、またグラスに注いだ。

 

 長倉 理彩はその光景を悲しそうに眺めながら、僕を横目で睨み付けた。唇の動きから、出ていけと言われたのがわかった。そのまま、彼女は部屋を出て、足でドアが閉まらないようにして僕を待った。仕方なく、僕は赤ワインを紙袋に詰めると、清蔵に別れを言って出口に向うことにした。その際、清蔵はそれで一気に不安が押し寄せたらしい。俺を一人にしないでくれ、と叫び始めた。しかしドアが閉まったら、しっかり音は聞こえなくなっていた。

 

 「最低な一日ね」と長倉 理彩が言った。

 

 「悪かったよ」と僕は肩をすくめる。「色々ごたごたになっちまってさ」

 

 「……なんで謝るの? 」

 

 「悪いことをしたからだよ。当然のことだろ」

 

 「さっきまでは平然として悪びれる様子もなかったくせに。ねえ、わかってほしいのだけれど、それって普通じゃないわ。あなたは直情的だったと思えば、すぐに気長な人間にもなっちゃうんだから。まるで自分でやってることが矛盾してるみたいよ。しかも、それがまったく構わないって感じじゃない。それは清蔵さんも同じだけど、それは殆ど歳のせいよ。でもあなたは――」

 

 「もう、そこまでにしてくれ」と僕はさえぎって言った。「もう今日は部屋で大人しくしておくから」

 

 それから僕は額に手をやった。頭が奥からがじんじんと熱くなったような気がした。そして、そのまま覚束ない足取りで303号室の前を去った。そのあとベッドで倒れて眠ろうとしたが、そうはしなかった。もう蝿になって、母さんの身体を周回するのは嫌なのだ。 

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