53 ティム
どうしようか、と僕は思った。このままじゃ、僕は終わっちまう。もうすぐ王手だ。僕の手はない。全ての流れが羽黒達にあった。扉に近い椅子に腰掛けながら、足を揺すった。太ももの上に置いた指で感触をたしかめながら、少しだけつねってみた。痛い。しかしそれで現実を直視はできそうにもない。羽黒は舌を捲し立てて犯人を特定していき、根来はだんだん険しい顔になる。これが夢だったら、と願うのも無理はないかもしれない。
「そいつはヘビーだぜ、兄弟」と右耳の側でグレゴール・キングの声が聞こえた。
左脳まで揺さぶれたような気がした。僕はそっと視線だけを向けると、小さな蝿が僕の周りをうろちょろ飛んでいた。そして休憩所を見つけれたのか、くるりと一周したあと、僕の右肩に止まった。
「おまえは? 」と僕は小さな声で訊いた。「グレゴール・キ――」
「違うね」と蝿はすかさず言った。「俺はティム・キングだよ、兄弟。声は父さんに借りたんだ。お前を助けるためにここに乗り込んだ一匹さ」
「助けてくれるのか? 」
「もち」とティムは答えた。「俺っちに任せろよな」
ティムは羽をピンと立てて、ゆっくりと震わせた。そして飛行機よりも早く部屋の全体に飛び回って、全員を丁寧に見渡した。まるで犬が臭いでも嗅ぐように、一人一人調べあげた。根来にはなんと目の前まで近寄った。そのせいでティムは平手で叩かれて地面に落ちかけたが、なんとか体制を維持して元の位置に戻った。
僕は期待の眼差しを向けた。このまま、彼がなんとかしてくれるのではないのか、と思った。しかし彼は羽をしわしわと下げると、呆れながら笑った。
「……こりゃ、無理そうだなあ」と彼は言った。「この中で二人の人間がお前を確実に犯人だと知っていて、残りの人間もお前を限りなく犯人だと思っている。正直、お前に勝ち目ない。チェックメイト、兄弟」
「それをなんとかするのがお前だろ? 」と僕は小声で怒鳴った。
「まあ、そんな怒りなさんな。そいつは蝿人間の悪い癖だぜ? それに全員がお前の行動に目を離せないんだからな。変なことしたら、すぐにあのおっちゃんが俺っちみたいに平手で叩きに来るかもしれないぜ? 」
たしかにそうだった。全員が僕を見ていた。気にしないようにしながらも、見られている僕にはわかっていた。その視線のせいでレーザーみたいな穴ができそうだった。
「詰んでるな、兄弟? 」とティムはくすくす笑った。
どうしよう。僕は頭に手をやった。どうすれば救われるんだ! それとも、もう本当に終わりなのか?
「一つだけある」とティムは意地悪そうに笑った。
……なんだ?
「死ぬんだ、兄弟」とティムは言った「今すぐ」
それこそ、本当に終わりじゃないか?
「とにかく、死ぬんだ。そうしたらあっちの世界に行ける。それしか救われる道はない。兄弟、そのためにここから出る策を考えよう」
どうやって?
「あの女を利用するんだ。あいつは使える。すぐに気が立つし、社会的でもない。そもそも誰とも馴染めない。そのくせ、気に入った奴には是か非でも助けようとする。その全ては寂しさから発生するものだ」
鼓動がばくばくと激しくなるのを感じた。もうこのまま、死んでしまった方が楽かもしれない。
「ああ、そっちのが楽だぜ。そのためにあの女を利用してやろう」ティムはそう言って、前足をメイに向けた「兄弟が死ぬために」




