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グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
52/64

52 逃れようのない真実

 羽黒は、その場を取りなすように、変にあらたまった咳をコホンと立てて、僕の方を向いた。僕は、捜査陣の連携がここまで崩れているのを喜ぶでも恐れるでもなかった。そうしたことを感じ取れる心理的余裕はすでに僕になかった。何にせよ、根来とメイの緊張は極限に高まっているようにも思えた。が、しかし、僕にとって今、一番必要なのは、偽物にせよ、自分の無実の証明なのだった。


「ところで、この鍵とキーホルダーを付け替えるというトリックを使った場合、少なくとも、犯人自身が第一発見者にならないと、偽の鍵が回収できませんね」


「その通りだな……」


 根来が先ほどのような猛犬のような表情を崩さずに、納得したように頷く。


「それでは、考えてみてください。この部屋におふたりが訪れたのは、そもそも、どちらがどちらを誘ったのでしょう?」


「それは……」


 根来は、ぱっと状況を思い出せず、何か言おうとして口を動かした瞬間、羽黒が答えを述べた。


「倫助さんがカールさんを誘ったのです。つまり、倫助さんがカールさんの部屋のインターホンを鳴らし、カールを誘って、清蔵さんの部屋に訪れたのですね」


「なんということだ。だとしたら……」


 根来は、その疑いの眼差しをついに僕に向けた。


「そうです。このトリックを実行できるのは、倫助さんしかいない……」


 僕は愕然として、しばらく黙っていた。何も言いたくなかった。ギロチンの映像がふっと浮かんで消えた。それは異様なほど、生々しい光景だった。途端に正気を取り戻すと、僕はこう叫んだ。


「そんなことは偶然だ!」


「偶然でしょうか。しかし、犯人がこのトリックを使った場合、犯人は第一発見者にならなければならない。それは、カールさんにはできないことです。息子であるあなただけが清蔵さんの部屋に踏み込むことができた……」


 あまりにも正しい論理だった。一点の狂いもない。しかし、だからこそ、僕は言い返さざるを得なかった。


「それこそが、大きな勘違いなんだ。こんな茶番に付き合っていられない。僕は、ただカールさんに父を紹介したくて、それで誘っただけなんだ!」


「そうですか。しかし、残念ですが、あなたにしかできないことです」


 僕はもう、粘れないと思った。これまでか。あろうことか、こんなことでつまずくなんて、死が訪れようとしている。


 その時だった。意外なところから助け舟が出された。それはメイだった。

 

 「面白い」と彼女は面白くなさそうに言った。「でも、一つだけ脳みそがアルコールで漬かっている私に教えて欲しいな」

 

 「何を? 」と羽黒は率直に訊ねる。

 

 「事件当時、おふたりはカールさんの部屋でゆっくりしていたのだし、おふたりには決定的なアリバイがあることになります。その重要なブロックをあなたは推理でまだ崩されていない」


 あまりにも意外な助け舟だったが、羽黒祐介は窮することはなかった。だが、もしかしたら、メイは僕を弁護しようとしているのじゃないか、と僕は少し期待を感じた。彼女が気まぐれで、エキセントリックな人間であることを僕は知り始めていた。


「なるほど。確かに、メイさんの仰る通りです」と羽黒は言った。「おふたりには決定的なアリバイがある。しかし、カールさんは6時頃に隣の部屋から物音がしたと証言しています。倫助さん。どうでしょう。もしも、殺人が起きた時刻が、本当は6時頃だったとしたら」


「そんな馬鹿な……」


 僕は打ちのめされて、声が震えていた。


「壊されている腕時計。そこに指し示された11時半の数字。これは、本当に殺人が行われた時刻でしょうか。いや、実はこれこそ錯誤された殺害時刻だったのです。殺人が行われたのが、本当は6時頃だというのなら、あなたとカールさんのアリバイはすっかり無くなる」


「ひどい憶測だ……」


 本当は、全て真実以外の何ものでもなかった。どうにかして、自分は犯人でないと宣言したかった。しかし、羽黒の追究はそれを許さなかった。


「しかし、逃れようのない真実なのです。これをもう見てください。殺人の行われた肘掛け椅子です。血文字で「LLて」。しかし、これを反対側から見ると、そこには「211」という数字が浮かび上がる。清蔵さんは意味を悟られないように、反対から分かるよう、逆さまに描いたのです。断末魔であったために、字が崩れているのですが、そう読めますね。倫助さん「211」という数字になにか心当たりが……?」


「いえ……」


 本当は、それは心当たりのある数字だった。しかし、答えられるはずがなかった。それが露見した瞬間に、僕の人生は崩壊することになるのだから。


「それでは、こうお尋ねしましょうか。あなたの部屋の番号は何番ですか?」


 僕は答えられなかった。こわばって、身の毛がよだつのだった。


「根来さん。倫助さんの部屋番号は何番ですか?」


 根来は、深いため息を吐くと、重々しい口を開いてこう言った。


「……211号室だ」


 ……その瞬間、僕は、目の前が真っ暗になったように感じた。きっと地獄に落ちたのだ。

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