51 私はコーヒーでも淹れましょう
メイは言った。
「なるほど、羽黒さんは既に解答を得ているようだ。私はコーヒーでも淹れましょう」
「まあ、メイさん。その前にあなたの考えを訊いておきたいな? 」と羽黒は言った。
試すような好奇心の混じった眼差しだった。だが、彼女はその視線を合わそうとはしなかった。そうしたら、もう逃げられそうにないことを知っていたのだろう。羽黒の瞳にはそれほどの強制力が含んでいた。
「前もって言った通り、私はあなたほど有能に働きませんよ。少なくとも、こと謎解きに関してはいつも後手に回ることが多くて」
「本当に? 」
「ええ」と彼女は答えた。「論理的でなかったり、推理力がなかったり、頭脳が劣っていると言うわけではないが、それについては比べるまでもありません。それにどちらかと言えば、私は直感型なんです」
そして彼女は部屋を出た。奥で湯を温め、インスタントのコーヒーを人数分つくって、それから銀の盆に乗せて戻ってきた。自分の分のコーヒーカップには、彼女がいつも携帯しているであろうウイスキー入りのスキットルから何滴かとぽとぽと加えた。この場で飲酒をすることに、誰もが不謹慎そうな視線を送ったが、彼女は躊躇することなく、少しだって気してなかった。僕は思うのだが、彼女はこの状況でも自分の生活を保とうとしているのかもしれない。自閉症の人間が同じ動作をすることに執着しなければならないように、彼女にもその気配があった。彼女にとって、自分の生活を乱されることは何よりも嫌うことなのだろう。その代償に彼女はどの組織にも入れず、多くの責任が付きまとう自由を得た。
その後、彼女は一人ずつコーヒーを渡して、近くにあった椅子に腰を下ろした。そしてカップが空になるまでに手っ取り早く済ませてほしいように、コーヒーを飲み始めた。
「こいつは雰囲気だけだ」と根来は羽黒に言った。「口は達者だが、お前ほどじゃない。気障りな態度で相手を苛つかせて、その間に抜け出そうって魂胆だ。こういう手合はこれまでたくさん見てきたし、別に珍しくもない。こそ泥、レイプ魔、DV男、暴走族。どいつも威勢はいいが、それも最初だけだ。それより早くお前の考えを教えてくれ」
メイは大声で笑った。
「よくわかってるじゃないか、刑事さん。それにしても今日はやけにカッカッしてるね? なにか悪いことでもあったのかな」
「……そろそろ黙れ」
根来はそう言って、ぎろりと彼女を睨んだ。その目付きは獰猛な犬のようで、すぐにでも彼女の喉元に喰らいかねない勢いだった。それでも、彼はやはり冷静であろうと制御している。それは彼女にとって、面白くないことだと知っているからかもしれない。彼はその手に乗る気がないのだ。
彼女はもう少しつついてやろう感じで、続けて道化のように振る舞いながら言った。
「なあ、寂しいこというなよ? せっかく君にもコーヒーを淹れてやってんのにさ。本当は誰にだってこんなもの淹れてやりたくはないんだ。特にワンちゃんには」
「黙りな。それ以上の侮辱は許してはやれそうにないな? 」
彼女はそれにため息をついた。頭を左右に揺らすと、何でもなさそうにあくびをした。本当は彼女だって舌打ちをしたかったかもしれないが、それはどうにもわからなかった。
「まあまあ」と羽黒は言った。「続きを始めましょう」




