表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
49/64

49 たったそれだけ

 羽黒に勧められ、僕は部屋へのドアノブを掴んだ。そして指でその感触をたしかめながら、少しだけ捻ってみた。ぎいと音がして、それから無音になった。しかし僕はそれ以上開けることは出来ないでいた。誰に目の前に牙を向けている者がいるのに、真っ直ぐに前を進めるものだろうか。少なくとも僕には出来なかった。もし、このままドアを開けなかったら、もうこの後の展開も進まないのではないだろうか。僕がゆっくりと行動をすれば、その分だけ時間を伸ばせるのではないだろうか。しかしどう考えても、それはナンセンスだった。


 「どうしました? 」と羽黒は言った。

 

 「いえ」と僕は答えた。「すぐにしますから」

 

 「ええ、お願いします」

 

 「ええ」と僕は言った。

  

 まずいな、と僕は思った。このままでは怪しまれてしまう。もう逃げられない。いつの日か、似たようなことがあった。僕は知っているのだ。この時と同じ状況を。高校生の時に教師に殴られたこと生徒がいたのだ。彼はプールの授業でふざけて遊んでいた。勝手に足をプールの水に突っ込み、ばしゃばしゃと足を上下させていた。そして背後で近寄ってくる教師に気づくこともなかった。そして、誰もが教師がいることを教えもしなかった。 そうして後で危機に気づくのだ。その時には全てが遅いといのに。


 彼はもう待ってはくれないのだろう。しかたなく僕は気の抜けた返事をすると、中からメイの返事が聞こえた。僕はそれはどこか落ち着かないようで、苛立ちを感じていた。それから数十秒待った。


 「遅いですね? 」と僕は言った。「なにかあったのかな? また、後で出向いた方がいいかもしれない 」


 「すぐに出てきますよ」


 「そうですか」


 「どうかしました? 」

 

 「別に」

 

 羽黒は微笑んだ。

 

 「もっと気を楽にしてください。問題はないのですから。それはあなたが知っているはずですしね。そうでしょう? 」

 

 「その通りですよ。ええ、わかってますから」


 僕は荒くなった呼吸を手で隠し、背中を丸めた。コーヒーが飲みたくなった。台所でマグカップにインスタント・コーヒーの粉を入れて、ヤカンからお湯を注いだものを。それを片手で持って、ソファでくつろぎ、時間をかけてゆっくり飲んでいたい。そのような余裕がほしかった。安くて、ぱさぱさしているドーナツがあったらそれ以上に落ち着くことはないはずだろう。こういう時こそ、そういった食べ物を腹に納めたくてしかたなくなっていた。一時間でいいのだ。たったそれだけ。後はクールでいられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ