47 私の立ち位置
カールさんがココアを飲み終えたのは30分ぐらい経ってからだった。彼は考えに没頭しているらしく、僕がまだいることに驚いているようだった。もうこれ以上に話すことはなかったのだろう。口はぴたりと閉ざされている。僕の演技もお世辞にも上手いとは言えないらしい。彼は居心地が悪そうだった。
「……なにを考えているんですか? 」
僕は不安ながら言った。
「映画のことです。映画の構成上、私の立ち位置はどんなものなんだろうと考えていました。バカなことですね」
「どんな立ち位置なんですか?」
「さあ? 少なくともジョー・スミスではない」
その通りだろう。彼はジョー・スミスにしては、髭が長すぎるし、白すぎた。そして老けすぎていた。彼は25で死んだのだ。
「でも、マイケル・コンラッドにはなれるかもしれませんよ? あなたは立派な白い髭をお持ちだし」
「どちらにせよ、彼にはあまり興味がありません。サンタ役が売れただけの一発屋だ。ドラマで『白髭の微笑み』がシリーズ化してなかったら、もう表舞台に立つことはなかったでしょう」
「そうなんですか? でも、彼はコメディアンとしても面白かったです」
「ええ」と彼は言った。
別に裏もなさそうな返事だった。僕の言葉をありのまま受け取ったような感じだ。続けて彼こう言った。
「しかし、マイナーです。年を取る度に、誰かに覚えられることもなければ、記録も消えてしまう。知っているのは私達のようなマニアだけになっています」
僕はつまらないという風に首を振った。
「我々が覚えていたら、それで良いのでは? 」
「……そいつは少し寂しいな」と彼は答えた。「それじゃあ、批評家は要らなくなってしまいます。私が作品を批評をするのは、その作品を誰よりも冷静に見通し、そして批評するに足りる何かを見出だしたからです。貶すためではありません」
「そうですか」と僕は返事をした。
「ええ、そうなんです。つまらなかったですか? 」
「いえ、別に。そうは思いません」
「……時々、私にはあなたが何を考えているのかわからなくなるんです」
「そんなこと、誰がわかるのです? 誰だって、他人を理解できるなんてできないでしょうよ」
「そうですね」と彼は言った。「その通りなんです。でも、あなただけは少しタイプが違うような気がしてなりません。これって、偶然ですか? 」
「偶然です」と僕は答えた。
海の波は大きな音を出していた。遠くを見ると、海と空の境界線がわからなかった。月は光って海を輝かせているせいかもしれない。




