40 羽黒祐介の追究
それから、羽黒祐介は僕の方を見ると、何か物々しい口調で、
「それとですね、カールさんが非常に興味深いことを僕に語ってくれたんです」
と言った。
「何です?」
「……事件の夜、深夜の6時頃に大きな物音が聞こえた、と。それは隣の部屋から聞こえたそうなんです。つまり殺害現場からですよ。ところがね、そうしますと、その時刻に誰かが現場にいたということになるでしょう。しかし、それは誰でしょうか。……これがおかしいんです。長岡 理沙はずっと寝ていたというし、実際、起きたのなら清蔵さんのご遺体を発見するでしょうから、まず彼女ではない。だとしたら犯人でしょうか。しかし、犯人が殺害を行った時刻は、止まった腕時計から察するに11時半頃でしょう。6時間半も、犯人が現場に居続けるでしょうか? 犯人ならば一刻早く現場を去りたいはずですね」
僕の握っている煙草はぶるぶると震えていた。それを灰皿に押しつけると、
「あなたは何を仰りたいんだ」
と声を荒げた。
「いえいえ、決して悪意はありません。つまり、僕が気になっているのは、そんな時刻に誰が現場に居たのだろうということです。そして、さらにおかしいのは、その人物を部屋に招き入れたのは誰かということです。だって、玄関はオートロックだし、長岡 理沙さんはベッドで眠っていたし、あなたのお父さんはすでに亡くなられていたはずなんですからね。まったく不思議です」
「犯人は6時間半、部屋にとどまっていた。それでいいじゃないですか」
僕は、震えた口調で羽黒に言い返した。
「それも可能性としてあります。しかしですね、やはり犯人が6時間半も現場に残っていたというのは、不自然ですね」
「なぜです? その不自然さの根拠はない」
羽黒は、こちらを方をじっと見つめるとこう言い放った。
「あります。寝室には、長岡 理沙さんが眠っていたんです。彼女は殺されていない。だから、犯人は意図して彼女を殺さなかったんです。6時間半も残り続けて、もし彼女が途中で起きてきたらどうなりますか。犯人は目撃され、通報されて、逮捕されしまうでしょう」
「でも、彼女は起きてくるはずがない!」
僕はそう叫んでから、はっとして口を閉ざした。羽黒はにやりと笑った。
「起きてくるはずがない……。確かに、彼女は起きてくるはずがありません。彼女が寝る前に飲んだラム酒には睡眠薬が入っていたのですからね。僕も、この点を疑って、すぐにラム酒に睡眠薬が入っていた事実にたどり着いた。詳しいことはまだ鑑定していませんが、カールさんは今、そのラム酒を飲んで眠っています。それでも、死んではいないから毒ではないようだ。ところで倫助さん、あのラム酒をプレゼントしたのは、あなたですね」
こんなハッタリにかかってたまるか。僕は冷や汗をかきながら、震えている唇でどうにか上手く言い返してやろうと思った。
「そうですね。あのラム酒は、確かに僕が彼女にプレゼントしたものです。でも、睡眠薬を入れた記憶はないなぁ。きっと彼女が寝付けなくて、溶かし混んで飲んだとかいうことでしょう。そんなことは彼女は言ってないって? そりゃあ、本人はなんとでも言いますよ。羽黒さんも想像力が豊かですね。あまり飛躍したことを考えておりますと思わぬ火傷を負ってしまいますよ。あはは……」
僕はさも気にしていない素振りで笑い飛ばした。羽黒は、それでも満足したように、軽く笑い返してきた。本当に気味が悪かった……。




