36 じっとしていられない
気がつくと、僕はベッドの中にいた。心配そうに見下ろしている顔が目についた。カールさんだった。僕は、むくっと起き上がって、あたりを見回した。その部屋にいたのはカールさんだけではなかった。一等航海士ハワードも立って、こちらを眺めているのだった。
「大丈夫ですか? 倫助さん。喫煙所で倒れていたそうじゃないですか」
「喫煙所で……」
「疲れているんじゃないですか?」
僕は、そうかもしれないと思った。すると、先ほどまで見ていたのは夢だったのだろうか。わからない。なんとなく夢であってほしくない気もする。とにかく、何とか立ち上がって、この部屋を出て行こうと思った。ここはカールさんの部屋のようだし。
しかし、もしもグレゴール・キングが僕の本当の父親なら、清蔵は赤の他人だったということだ……。いやいや、これはそんな単純な話ではないかもしれない。甲が正しいなら、乙は誤りであるというような話ではないかもしれないのだ。グレゴリー・キングが僕の父親であるのと同時に、清蔵もまた僕の父親かもしれないのだ。よくわからない。駄目だ。こんなことばかり考えていては駄目だ。今はそんなことよりも、真相を隠蔽することに全力を捧げなければならないのだ。ただ、いずれにしても、グレゴリー・キングは、今の僕にとって何よりの心の支えとなるだろう。唯一の味方なのだから。
なるほど、僕が蠅だとしたら、根来や羽黒は蝿叩きだろう。その蝿叩きは、今、美人すぎる名探偵のメイという蝶々を誤って打ち据えているところなのだ。僕は、どうにもこの状況から逃れないといかないな。
「根来さんは?」
その問いに、ハワードが答えた。
「メイという女性探偵の事情聴取をしているところです。根来さんの猛烈なプレッシャーに対して、あのメイという探偵も互角に渡り合っています。むしろ。根来さんはちょっと言い負かされていますよ」
そうか。しかし、その二人が実は両方とも僕の敵だというのは勘弁してほしいな。蝿が、虎や龍に挑まなきゃならないとは、なんという不運だろう。
「羽黒さんは?」
「彼はね、長倉 理彩と一緒にいます。何か話し込んでいますよ」
それも不安だな。羽黒の詮索好きにも困ってしまう。このままでは、僕に疑いがまわってきてしまう。しかし、あの密室トリックを暴かれない限り、僕は逮捕されることはないんだ。そうだ。安心しろ。しかし、こうしてじっとしているわけにもいかない。
「ど、どうしたのですか?」
カールさんが驚いて叫んだ。僕は、ベッドから立ち上がって、外に出て行こうとしたのだった。
「あなた、さっき倒れたばかりじゃないですか!」
「ええ。倒れましたよ。倒れましたとも。でも、僕はじっとしていられないんだ。僕はじっとしていられないんだ!」
「安静にしてくださいっ!」
カールさんは僕の右腕にしがみついていた。そして、どうにかベッドに連れ戻そうと必死になっている。
「頼むから、静かにしてくれ」
僕はそう言うと、カールさんを思いきり振り払った。カールさんは勢いよくよろめきながら、ベッドの上に仰向けで倒れ込んだ。彼は斜めに一回転すると、床に転げ落ちた。僕は、見て見ぬ振りをすると、ドアを開けて、廊下へ飛び出たのだった。




