34 歩み寄る孤独
彼女には気の毒な気がした。彼女は犯人ではない。犯人は僕なのだ。不幸は、根来という横風に煽られて、予想もしていなかった方向へ広がってゆくように思われた。しかし、元を辿れば、その不幸というのは、僕ではなく清蔵や長倉 理彩から始まったものだ。少なくとも、僕はそう信じたかった。
僕は憐れなものを見るようにメイを見た。メイの美貌にも焦りが浮かんでいるのだろうか。彼女はポーカーフェイスだから、その点がよく分からない。が、実際は、本当に憐れなのはメイではなく僕の方なのではないか。メイは名探偵だ。だから、彼女がこんな形にせよ、捜査に踏み切るということは、それ即ち、僕の破滅を意味しているのかもしれないのだ。
根来は扱いにくい男だった。密室という甘い餌を与えているのにも関わらず、食いつかない。挙げ句の果ては、メイを容疑者などと騒ぎ立てるし、このままでは、何も僕の思い通りにならないではないか。
どうすればいいだろう。状況は限りなく複雑化している。なんとか、メイを、助け出す方法はないか……。
しかし、そんな心配をしているうちに、なんだか、自分という人間がひどく滑稽な気がしてきた。それは、悲しみの成れの果てのユーモアだった。僕は、人を不幸に陥れる悪魔でありながら、どうして今更、メイを助けたいなどと思っているのだろうか。なぜ不幸の波紋が広がり続けることを止めようなどと思うのか。もしや、僕は罪悪感に苛まれているのか。それはひどく馬鹿馬鹿しく、とんでもなく身の程知らずなことだった。
メイは、根来に引っ張られて、廊下を歩いていった。僕は、その後ろ姿を眺めながら、これから先、何が待ち受けているだろうと思った。根来は虎である。メイも人を射ち殺しかけたほどの人物だから、猛獣に違いない。そこで僕は、虎と龍が対決する様を想像して、ひどく胸が痛んだ。
ドアを閉めて、カールさんは今頃どうしているだろうかと思った。それで、部屋から飛び出すと、カールさんの部屋へ向かった。カールさんは、まったく憐れなことに、ベッドの中で怯えていた。
「なんだか、とても怖いんです」
僕は心の底からカールさんを心配した。だから、多少場違いだけど明るい声にして、少しでも彼の不安を和らげようと思った。
「カールさん。何がそんなに怖いのですか?」
「倫助さん。私を助けてください。誰の顔を見ても恐ろしくて仕方がない。殺人犯ではないかと疑ってしまうのです」
僕は、その言葉を聞いて、頭が真っ白になった。そして、心が冷え込んで、悲しみが胸の底から吹き上げてきた。ある事実が分かった。僕は殺人犯だ。途端に、カールさんは僕の友人ではなくなってしまった。僕が望んだのではない。カールさんが僕を拒んだのだ。まさに今、拒んだのだ。そして、これから先、僕が殺人犯だという秘密が、僕という人間をどこまでも孤独にしてゆくことが、たった今、はっきりと分かってしまったのだ……。




