表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
33/64

33 もう一人の容疑者

 食事を終えると、自分の部屋に戻った。ほとんどの料理を皿に置いてきてしまった。 羽黒たちの話を聞いているうちに、食欲もすっかりなくなっていた。眠くもないし、やる気もない。考えは鈍くなっている。僕はだらんとベットの端に座った。そのまま、10分ぐらいそうしていた。

 

 インターフォンの鳴る音が部屋に響いた。

 

 「黒田さん? 」と静かな女の声が聞こえた。「メイです」

 

 僕はドアを視線を移すだけで、動こうとはしなかった。分厚くて、色が濃くて、冷たいドアだ。牢屋みたいだな、と思った。それからのろのろと重い腰を上げた。ドアを開き、彼女を部屋の中に招いた。横にいた鬼のような大男も一緒に。

 

 「どうしました? 」と僕は訝りながら言った。「二人はなぜここに? 」

 

 メイはにやっと笑った。少しだけ困ったような笑みだった。

 

 「……まんまとあの坊っちゃんに騙されちまいましたよ。もう逃げられそうにない」

 

 根来はふんと鼻鳴らした。その右手ではメイの腕をがっしり掴んでいた。それは彼女にとって、かなり苛立つことらしく、根来を視界にさえ入れようともしなかった。しかし、根来はそれを気にする様子もなく、そういう仕草もなかった。あるいは、本当に気にしてないだけかもしれない。

 

 「もう一人の容疑者です」と根来は疲れたように言った。「秘密を知っているものとして、あなたのところにも連れてきました。長倉 理沙の監視は羽黒が代わりにしてくれています」


 「まさか」と僕はびっくりして言った。「なにも関係がない」 

 

 「自分だってそう思ってますよ。しかし、困ったことに色々と問題がありまして。一つは船内でのアリバイです。殺人が起こったであろう時間に、彼女が303号室の側を通ったという船員の目撃者がいたんです。目付きが異様に鋭かったから、印象深く残っているとか。……まあ、これだけでは事情聴取ぐらいで済ましてないましたがね、彼女の経歴がそうさせてくれなかった。というのも、過去に人を撃ち殺しかけたことがあったらしい。清蔵さんの死体を見て、自らペラペラ喋ってましたよ。羽黒にネットで調べてもらうと、たしかにこの探偵の地元の新聞社に、そういうニュースの記事が隅っこにありました。こいつは殆ど人殺しだ」

 

 「目付きは元々だよ」と彼女は言った。「こんな顔に生まれちまったのが運の尽きだったのかな? 」

 

 根来はきつく彼女を睨んだ。眉がぎゅっと寄って、見事に逆立った。しかし、声だけは落ち着いていた。そうしようと、なんとか自制をしていた。

 

 「……そしてこの人を馬鹿にした態度。殺人現場でも顔一つさえ変わりませんでした。羽黒は違うと言ってたが、こいつは疑わない方が不自然だ」

 

 「まいるね」

 

 メイは大袈裟にため息をついた。そしておどけた風に言った。

 

 「でも、なんにも否定できないや。全部、事実なわけだし。ここで人を殺したということを除けばだが」

 

 「本当に彼女が殺した可能性があるとおもっているんですか? 」

 

 根来はそれに頷く。なんとも曖昧な顎の引き方だ。

 

 「それはどちらだって構わないんです。しかし、あらゆることを想定しなければならない。我々は最善を尽くす必要があるのです」

 

 「そのためにはどんな調査でも免罪符がもらえるらしい。楽しくて、愉快な日本の刑事だ」メイは気だるげに言った。「この手合いが一番やりにくい。自分が正しいと信じて疑わないのだから。本当の話、どうにもできない」

 

 根来の眉がぴくりと動いた。

 

 「……俺がどんな調査をしたと? 」

 

 「警察手帳は見せくれよ」

 

 「そいつは忘れてたな」

 

 彼はそう言って、胸ポケットから取り出した。メイは慎重に顔と写真を見比べた。その結果、一致していると判断したのか、興味をなくしたように視線をさっと外した。

 

 「つまり、偶然ではないお仕事というわけだ? 」と彼女は言った。「そんなもの持ち歩いてるとはね」

 

 根来は黙った。目だけは野獣のように爛々と輝いていた。拳がきつく固まって、肌にうっすらと血管が浮き出ていた。だが、何もせず去っていった。言葉という例外を除いて。

 

 「とにかく、容疑者としてある程度の事情聴取は覚悟しておいてもらう」

 

 その言葉尻が聞こえる前にドアが先に閉まった。メイは顔をむすっとさせた。そして僕の顔を見て、同情を求めるように肩をすくめた。

  

 「こうなったのも、あの探偵が殺人現場に私を連れていったせいだ。そうしたら、もう構わないと言われてたのですが、殺人現場であの刑事を怒らせちまいました。本当、うまく乗せられたな」

 

 「どうするのですか? 」

 

 「自分で身の潔白するしかないでしょうよ。刑事は守ってくれそうにないし」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ