3 吸い殻
五日後、また僕は蝿の夢を見ていた。年齢を重ねるにつれて、頻度がますます多くなっている気がする。これで二週連続だった。その日も死んだ母と啜り泣く僕の周りを、僕はぶんぶん飛んでいた。立て付けの悪い窓から風が漏れて、そのせいで周回する軌道がずれてしまった。それでも僕は背中の羽を震わせ、必死に母の側に寄ろうとしていた。しかし、一向に進むことはなかった。それは目覚まし時計が鳴るまで続いた。三時間ぐらいの睡眠だ。
僕は起き上がると、その日も小綺麗なスーツを着て、シャワーを浴び、丁寧に髭を剃った。それからすぐに港に向かい、コンテナに背を預けて、遠くから一際大きな船を眺めていた。まだ空は暗かった。まるで黒いカーテンに覆われているみたいで、そのせいで全ての星を隠していた。早すぎたな、と僕は思った。しかしピクニックの前のように落ち着かなくて、眠ることも嫌だった。もう病的な夢を見るわけにはいかないのだ。
タバコに火を点けて、僕は白い煙をゆっくり唇の端から出した。それは揺らめきながら、船をうっすらと曇らせた。僕は唇が火傷しそうなぐらい、ぎりぎりまで吸って、ため息と共にタバコを地面に落とした。そのあと、踵で踏んづけて赤い火を消した。そのゲームは太陽が出てきて、海の色が確認できるまで続けた。やがてちらほら乗客が見えて、清蔵が来る頃には、すっかりタバコはなくなっていたし、そのときには僕もそんなゲームをしていたことをすっかり忘れていた。
彼は黒塗りのベンツでやって来て、愛人の長倉 理彩も一緒にいた。彼女は車から降りると、大きな船を仰ぎ見て、清蔵にキスをしてから二人で手を繋いで船に向かった。まだ二十代の若い女が、おべっかを使って、なによりも自分の父親を利用することはあまり面白いことではなかった。たとえ、僕が清蔵にどういう感情を抱こうと、やはりそれは気味が悪かった。
僕はネクタイが緩んでないか確認すると、足元の吸殻に視線を移した。ほとんどの吸殻が二センチもなかった。それに不規則に散らばっていて、しかし何らかのメッセージが込められているような気がしたが、それを解くことは不可能だった。あるいは、そんなものは存在せず、僕がそこに意味を見いだしただけなのかもしれない。いずれにしても、あまり愉快なことではなかった。
僕はテープを剥がすようにコンテナから離れると、船まで歩くことにした。その道中、あまりに口元が寂しくて、せめて最後の一本くらい残しておけばよかったかもしれない。あるいはビールを一缶ぐらい飲んでおきたかった。そうすれば、僕だってもっとクールでいれたはずだろう。手元はずっと震えていた。