22 ハワードの見たもの
「椅子に座ったまま殺されたということは、顔見知りの犯行だろう?」
根来も自分の推理を語り始めた。その言葉に羽黒も頷く。
「そうでしょうね。強盗殺人なら、このように被害者が椅子に座ったままということはありませんからね」
途端に僕は心配になった。二人は、まだ納得がいかずに推理を進めているのだ。おかしいではないか。事件は長倉 理彩が犯人で一目瞭然ではないのか。そこで僕は口を出した。
「あの、犯人は理彩さんで確定なのでしょう? この通り、密室殺人なのだから……」
「理彩さん? ああ、長倉さんのことですか。どうでしょうねぇ。長倉さんは寝室で眠っていたと証言しますがね。もし、彼女が犯人だとしたら、なぜ自分しか犯行ができないという状況で殺人を行ったのでしょうか?」
僕は、羽黒のその問いに咄嗟に答えることができなかった。確かにこの状況は不自然なのだ。これ以上尋ねるのは、怪しまれる恐れもあるが、沸き起こる不安感に、居ても立っても居られなくなって、僕はさらに質問を続けた。
「でも現に、現場は密室だったわけでしょう?」
「ええ。その点は検討したいと思います」
祐介は事務的にそう答えると、さらに被害者の腕時計を眺めた。その針は、11時半を指したまま、ぴたりと止まっていた。
「壊れていますね。根来さん。11時半、これが犯行が行われた時刻だと思いますか?」
「そうだろうな。腕時計が壊れて止まっているわけだし」
羽黒は、少し笑みを浮かべると、カールさんの方を向いた。
「カールさんはこの隣の部屋に泊まっていらっしゃるのですよね? その頃、何か不審な音などはしましたか?」
「いえ、そんな音は聞きませんでしたが……。確かあの時刻、私は黒田倫助さんと隣の部屋にいたのです。ねえ、倫助さん、おかしな音などしませんでしたよね?」
「ええ」
上手い具合に、僕はアリバイを証明することになった。そうだ。僕がカールさんと別れたのは、昨晩12時頃のことだったんだ。だから、犯行が11時半に行われたということになれば、僕にはアリバイがあることになる。
「おかしな音は聞きませんでしたね」
僕は勝利に酔いながらそっけなくそう答えると、途端に一等航海士のハワードが何かを思い出したらしく手を挙げた。
「そういえば、昨晩、廊下で奇妙な男を見ました」
「どんな男です」
根来が鋭く尋ねる。
「ボーイ姿の男です。ところが、この豪華客船ではまず見かけないような制服を着ていて、帽子を目深に被っていたのです。そして、その男は、何かひどく取り乱したような足取りで、私の横をすり抜けていきました」
「それは不自然だな。時刻は何時でしたか?」
「3時だか、4時だか、ずいぶん夜は更けていたと思いますけど……」
僕は、この言葉に焦った。そしていらない癖で、興奮すると、少しこわばった声で叫んだ。
「それは事件とは関係ありませんよ。何を言っているのですか。あまりにも、時刻が違いすぎますよ。犯行が行われたのは11時半ということでしょう? 3時や4時なんて、殺害後の後始末も全て完了した頃でしょう。それに、黒い蝶ネクタイのボーイ姿の男が廊下を歩いていることがそんなに珍しいことですか?」
ハワードは僕に猛然と言い返されて、少し怒ったようになった。
「いえ、私はそんなことを言っているわけではないですよ。この豪華客船において、見慣れない制服を着た人物がいたら、やはり不審だと思うでしょう」
「まあまあ、お二人とも、喧嘩は良くない……」
……そこで根来に制されて、僕とハワードは互いに静かになった。




