21 羽黒祐介という男
「まあ、根来さん」と羽黒はじっくり部屋を観察しながら言った。「まだ少し見てみましょう」
そして彼はくたばっている清蔵に視線を移した。上から下に、右から左に、さっと瞳が動いた。清蔵の周りを歩きながらも、常に目付きは変わることはなかった。研ぎ清まされたナイフのようだ。
「清蔵さんの頬の傷はいつから? 」と羽黒は言った。
「失神した時です」
長倉 理彩はそう言って、身を守るように指を組んだ。顔は青く、唇は震えていた。私が犯人ではあるはずない、と目で訴えていた。しかし、羽黒はそれをわざと見ないように目をそらした。
「失神した時」と羽黒は興味深そうに呟いた。「ええ、僕もあの時はびっくりしたものです」
「……何かわかったのか? 」
根来は肩をすくめた。
「たくさん」と羽黒は答えた。「ここは宝石箱ですよ」
「教えろよ」
「しかし忍者屋敷だ。極めて巧妙に畳の下で隠されている。正直、迅速な捜査を要求される類みたいですよ。どうにも、この犯人は極めて残忍でありながら、理知的な思考力を持っているようですから」
「なぜ、そんなことがわかる? 」
「清蔵さんの首がギザギザに刺されている。しかも一回抜いて刺すのではなく、少しずつ動脈部分ではない浅いところから刺しては止めている。……おそらく三回に分けて。そして、最後は根本まで刺しています」
羽黒は胸ポケットからハンカチを取り出すと、それで清蔵の首に触れた。傷口を指で広げて、じっと眺めていた。異臭がさらに部屋に充満した。
「……うん、やっぱり三回だ。どうやら犯人はナイフを刺す時に迷いが生じたようです。あるいは酒の飲みすぎか、薬物中毒、幻覚症状やらで手が震えていた。もしくは、秩序型よりの混合型犯罪みたいだから可能性は低いですが、この状況を楽しんでいたかもしれない。しかも、このように椅子に座らせてから殺したのであれば、彼が大人しくなるのを待っていた。これは衝動殺人ではない。かなり前もって計画されたものと見るべきでしょう」
「根来さん、彼は誰なんですか? 」と僕は言った。
不安が一気に押し寄せた。震える右手を左手で隠し、ぎゅっと握った。あの時もこんな感じだったのか、と後悔した。なぜ、そのことを僕ではなく、この男がわかったんだろう?
しかし根来は気付く様子も見せず、呆れたように羽黒を見ると、しかたなさそうに言った。
「探偵だよ。二枚目だが、気味悪いだろ? 」
「余計なことを言わないでください」と羽黒は言った。
しかし、この男は喋りながらも、視線を決して清蔵の首もとから外さなかった。ハンカチが血で汚れることも気にしていないようだ。潔癖症の人間が汚れがないか床の溝を点検するように、じっと神妙に眺めていた。




