20 部屋に入ってきた三人
部屋に入ってきたのは、デヴィッド・ボウイみたいな顔つきの高身長なアメリカ人乗組員と、根来と羽黒の三人だった。なんで、この二人まで呼ばれてきたのだろうか。僕には皆目、見当がつかなかった。
根来は、鋭い眼光を光らせて、僕を一瞥すると、死体の方に歩み寄って行った。そして、清蔵が死んでいることを確認した。
「こりゃ、本当に殺されてるな。ひでえ殺し方だ。死体を発見したのは?」
その言葉に、カールさんは一歩踏み出した。
「私とこちらの黒田倫助さんです」
根来は振り返ると、じろりと僕の方を睨みつけた。疑っているようないやらしい眼差しではなかったが、真剣さからだろうか、気迫に満ちた鬼の形相と化していた。僕はこの状況にすっかり困惑した。
「ちょっと待ってください。あの、根来さんは一体……」
「私は日本の警察の者です。群馬県警の鬼根来とは私のことです。カールさんはそのことを知っていたので、私を呼びにきたのです」
その言葉を聞いて、僕は一瞬にして鳥肌が立った。僕は、それだけで犯罪計画が失敗したように感じた。目眩がして、立っているのもやっとなのだった。しかし、その予想に反し、その次の根来の言葉は、根来が僕の本心に気づいていないことを匂わせるものだった。
「黒田さん。具合が悪そうですね。無理もない。お父さんが亡くなったのだからね。どれ、そちらの長椅子で休みますか?」
僕はその言葉に甘えた。長椅子に沈み込んで、目を瞑った。
(落ち着け。これで犯罪計画が失敗したと決まったわけではない。警察が来ることは予測していたではないか。それがたまたま根来だったというだけだ)
僕は、長椅子の中で、現場検証が終わるのを待った。一刻も早く、この場から逃げたかった。根来の前で、上手く嘘を突き通す自信がなかった。
犯罪が露見する恐怖に怯える僕を、デヴィッド・ボウイみたいな顔の乗組員は気づかってくれた。名前を尋ねてみると、彼はハワードと言う名の一等航海士ということだった。
「大丈夫ですか? お水を飲みますか?」
「大丈夫です……」
僕はそう答えるのがやっとだった。しばらくして、誰に呼ばれたのだろうか、医者を名乗る男がやってきた。彼は、ジェイソンという名のハワイの外科医だった。なんだか、こんなに外国人が多いと、これが日本とハワイを行き来している豪華客船だという感覚が薄れてゆく。まあ、ハワイや中国、東南アジアあたりを航行するのだから、船員や客が国際的なのは当然のことなのだけど……。
これがミステリー小説なら、カールさんや、このジェイソンという医師、それにハワードという一等航海士に、容疑を被せるべきところだろうと思った。だが、その必要はなかった。何しろ、この犯罪が行えるのは、長倉 理彩一人なのだ。疑いようのない状況なのだから。
「ううん。鍵がねぇ……」
根来がそう呟いたので、僕は心配になって立ち上がった。
「あの、鍵がどうしたのですか?」
と僕は尋ねた。
「いえね。こちらの寝室は、内側から鍵が閉まっていたというのですよ。それは、死体を発見した長倉 理彩さんがそう言っているわけです。ところがね。この寝室の唯一の鍵が、ここにこうして落ちているわけですよ」
根来は床の鍵を指し示した。僕は、どきりとしてその床の上に視線を移した。そうだ。その調子だ。その論理の筋道で合っているぞ。
「あなた方がこの寝室に入っていった時、この鍵は寝室に落ちていましたか?」
「ええ。落ちていましたよね? 黒田さん」
カールさんは僕の方を見た。僕も頷く。
「そうですか。長倉 理彩さん、あなたが起きた時、この鍵は床に落ちていましたか? 触っていませんね?」
ソファーに横になっていた長倉 理彩は、ふらふらと起きなおって、
「はい」
とだけ答えた。
「ならば、外側から鍵を開け閉めすることはできなかったわけですね。そして、寝室の鍵は閉まっていた。おかしいですね。それならば、この部屋は密室状態だったと言えるわけだ。そして、この部屋には、殺された清蔵さん以外には、長倉 理彩さん、あなたしかいなかったことになりますよ?」
根来の低い声が響いた。
……僕は苦しみの中で微笑んだ。




