19 あなたの味方
海上のぎりぎりをカモメが飛んでいた。翼を大きく広げて、向かい風を気にするようでもなかった。そしてフェンスに身体を落ち着かせると、ご自慢の羽毛を震わせた。まったく長い旅でした、とでも言いたげに嘴であくびをするような仕草をした。やれやれ、足場がなくて困ってたんです。
僕は手でペタリと窓に触れた。人差し指でカモメの翼があるところをコツコツと叩いてみた。僕も飛べたらな、と思った。そうしたらすぐに帰ってやるのに。
――でも、どこに?
「さあ」と僕は呟いた。「どこだろう?」
もうアパートには帰りたくなかった。そもそも、あれが自分の住まいだという実感がない。帰るというキーワードで思い浮かぶ場所は今でも一つしかないのかもしれない。それは母と暮らしたボロ小屋だった。あの時ほど貧乏で惨めなことはなかった。そして愛されたことも。僕はあそこを欲していた。いつか全てのろくでもないことが終わったら、僕はあそこに帰りたい。
――素敵な考えですね
「ありがとう」
僕はそう言って、小さく微笑んだ。しかし、すぐに顔をしかめ、両手で頭を押さえた。俺は誰と話しちまってんだ! いったい、どうしちまったんだろう。
「やめてくれ! 」と僕は言った。「もう、お前にはうんざりなんだ」
――まあまあ、私はあなたの味方なんですから
「なんだって? 」
――私は味方なんです
ワタシハミカタナンデス。言葉の意味が頭に入ってこない。全く違う言語で話しているみたいだった。ミカタ、ミカタ、ミカタ、と僕は呪文のように唱えてみた。そいつは誰なんだ? わからない。鼓動が激しくなり苦しくなった。僕は何度か咳き込むと、情けない声をひねり出して言った。
「……誰でもいいから助けてくれよ」
「もちろんですとも」
まるで外から聞こえているようだった。僕はびっくりして後ろを振り返った。しかしそこには白い壁があるだけだ。それを最後に声も聞こえなくなった。代わりに足音が聞こえた。一人じゃなくて、二人でもない。いったい、カールさんは誰を何人連れてきたんだろうか。それは本当に船員だろうか。だとしたら、その中に僕の味方はいてくれるのだろうか。みんな、僕の敵ばかりのような気がしてならなかった。
指先がぷるぷると痙攣し始める。僕は指を組んで押さえようとしたが、次は歯が壊れた玩具のように震えだした。もうネジが外れすぎているのかもしれない。




