18 死体の発見
その時だった。ドアが開いた。放心したように長岡 理彩が立ち尽くしていた。その視線は色を失って、何の束縛からも離れて、宙に浮いていたが、しばらくして、僕たちをはっきりと捉えた。途端に、震えている唇が、何か声にならない言葉を呟いた。それから、彼女は震えた指で部屋の奥を指し示した。そこには、寝室へと通じるドアがあった。そのドアは、半開きになっていて、椅子に腰掛けている清蔵の死体が少しだけ見えていた。それは、真っ赤に彩られていた。
「……そ、そんな馬鹿な!」
カールさんは苦しげに叫ぶと、病人を助けようとしているかのように、その寝室へと急いで向かった。遅れないようにと、僕も彼の後を追う。
その部屋の床には、偽物の鍵が落ちていた。そこには、キーホルダーが付いている。303号室。これならば、この部屋の鍵に見えることだろう。
ところが、カールさんは鍵のことはまったく気にしていない様子で、死体に触れるでもなく、震えた手を差し伸ばしては、また引っ込めていた。だけど僕は、カールさんに、部屋に鍵が落ちていたことをどうしても覚えていてもらいたかった。
「あの、鍵はどこにありますか?」
僕はまた余計なことを、自ら口にした。
「なんですって、鍵? それよりも、もうこの方、亡くなられていますよ。あの、この方があなたのお父さんですか?」
「ええ、それで、どこかに寝室の鍵があるはずですよね。ああ、そこに落ちていますね」
なんていう不自然な台詞だろうと我ながら思った。こんな滑稽なことを言ったことが警察に分かれば、僕なんてすぐに牢獄行きだ。
「鍵ですか? ああ、これですね。303号室。確かにこの船室の、この寝室の鍵とみて違いありませんね」
カールさんは、よく意味が飲み込めていない様子で頷いた。そのあと慌てた様子で、また死体に向き直って、おろおろとしていた。
カールさんにはそれ以上のことはできないさ。僕は分かっていた。カールさんは、何をすることもできずに、誰かに助けを求めるためにこの部屋を出るだろう。そうなったら、僕は本物の鍵と偽物の鍵をすり替えるのだ。
カールさんは、一段と慌てた様子で、
「乗組員を呼んできますね。倫助さんは、お父さんの側にいてあげてください!」
と叫ぶと、急ぎ足で、船室を出て行った。
僕は今しかないと思った。偽物の鍵に飛びついたのだ。そして、キーホルダーを外し、本物の鍵に取り付けるのだった。キーホルダーの金具を押し開いて、そこに輪っかを通した。僕は、ミスなどしていないと思った。
長岡 理彩はどうしているだろうか。僕がドアから出て見ると、彼女は放心した様子で、海を眺めていた。
……全てが上手くいった。少なくともこの時、僕はそう思った。




