17 悲鳴
カールさんの部屋に行った。まだ眠っていたらしく、インターホンを五回も押すことになった。彼は呆けた顔で出てくると、「やあ」と言った。そして頭を数回振って、「どうしたんですか? 」と目を大きく見開いて訊いた。我々に必要なものはご存じのはずなのに、という感じだ。
「すみませんね」と僕は言った。「でも、どうしても紹介したい人がいまして。父なんですけど――」
「それは今やるべきことですか? 」と彼は遮った。
「是非、そうしてくれたら助かるのですが」
僕はそう言うと、口元を手で覆った。どこか不自然ではなかっただろうか、と自分の発言を頭のなかで三回繰り返してみた。結果、全てがそうだったと感じてしまった。
「すみません、もう少し眠ってたいんです」とカールさんは言った。「ほら、お互いに夜は遅かったわけだし」
「そうですね」
脇の下が汗でじわりと湿った。それから僕は黙って、口も開かなかった。しかし、目だけはずっとカールさんを捉え続けていた。彼の瞳に映った僕を眺めていた。不健康で小汚ない男だった。額は脂汗を掻いてるせいなのかテカテカと光っていた。誰なんだろう、こいつは。なんだか、まるで――
「大丈夫ですか? どうにも目が虚ろになっているみたいだけど」とカールさんは不思議そうに言った。
「大丈夫です、ええ、大丈夫ですよ」と僕は呆然としながら、自分の言っていることを確かめるように答えた。「大丈夫、大丈夫なんです。私は黒田倫助。ほら、大丈夫です。僕は大丈夫。なんでそんなこと訊くのかな? 大丈夫ですのに。うん、大丈夫」
カールさんの表情が抜け落ちた。代わりに白い顔がさらに白くなった。目は恐ろしげに僕を見つめている。
「……わかりました」とカールさんは言った。「私も寝不足でちょっと気が変になってるみたいだし行きましょう。それにあなたが心配ですから」
「ありがとうございます、ありがとうございますね。本当」
僕はそう言って、彼が部屋を出るためにドアを開いてやった。少しの間、彼の瞳に写っている僕の顔が見えなくなった。瞬きをしたからではない。依然として、青い瞳はぱっちり開かれていた。僕の顔だけがクレヨンで上書きされたように消されてしまったのだ。耳元では気持ちの悪い羽音が聞こえた。しかし僕の方が瞬きをすると、全てが元に戻った。瞳には僕の顔はあったし、耳は正常に音を拾っていた。
「さあ、こっちです。カールさん、こっちなんです。横なんです」
僕はそう言って、カールさんを303号室へと誘った。彼の手を掴んで引っ張った。それからドアを拳で叩きつけるようにノックをした。
悲鳴が聞こえる。高くて、なんとも煩わしい音だ。僕はさらに二回ほどドアを殴った。泣き叫びたいのは俺の方だと、心のなかで思った。
「まったく、どうしたんだろうな」と僕は叫んだ。




