16 手のひらの中に
僕はぼんやりと空を眺めていた。目的は済んでしまったのだ。ところが、実感のないせいだろうか、まだどうにも胸糞が悪い。まだ清蔵はどこかで微笑んでいるような気がする。良くない笑顔だ。清蔵が死んだことがはっきりと感じられた時に、心に平安が訪れるのだろうか。
朝になれば、長倉 理彩が起きてくるはずだと思った。そうしたら、清蔵の死体を見つけることだろうと思う。そしたら彼女は悲鳴を上げるのだ。映画のように。
僕は自分の手のひらを開いた。その中には、清蔵の寝室の鍵が隠されていた。ところが、この鍵は、船室番号が記されているキーホルダーが取り外されていた。
僕は、現場のドアに鍵をかけて出てきた。そして、その鍵を持ち出してきたのだ。代わりに、現場には偽物の鍵を置いて出てきたのだ。その鍵には、本物のキーホルダーが取り付けられている。そこに書かれている数字は303。
死体を発見した人は、室内に鍵が落ちているのを目撃する。だとしたら、犯人は、密室の室内から煙のように姿を消してしまったということになる。ミステリー風に言えば、密室殺人だ。普通の密室殺人と一点違うのは、その寝室に、長倉 理彩という容疑者が取り残されているということだった。
しかし、その偽物の鍵を回収するのだろうか。それは、長倉 理彩が死体を発見し、悲鳴を上げるその瞬間しかない。だから、僕は是が非でも、死体発見に立ち会わなくてはいけない。そろそろ行かなくては。
しかしながら、もっとも安全な手段は、僕が先んじてインターホンの呼び鈴を鳴らして、寝ている彼女を起こし、死体を発見させることだ。その彼女に、玄関の扉を開けさせることだった。現場に雪崩れ込んだ僕は、人目を逃れて、偽物の鍵を、本物に付け替えれば良いのだ。
その時には、誰か第三者を交える必要があるだろう。その人物に、寝室に偽物の鍵が落ちているところを目撃させればいい。つまり、僕でもなければ、長倉 理彩でもない、第三者の証言を得たいのだ。その適任者は誰だろうか?
「カールさん……」
僕は、カールさんが適任者だと思った。彼を起こして、父を紹介したいと言う。そして、僕がインターホンを鳴らす。すると、長倉 理彩が目を覚まし、死体を発見し、悲鳴を上げる。この悲鳴を上げるかどうかという点はそんなに問題ではない。それで、僕たちは部屋に乗り込む。その時に、僕はこっそり偽物と本物の鍵を付け替える。
完璧じゃないか。しかし、これはとんでもなくスリリングなことだ。だってさ、鍵を付け替える瞬間って本物に訪れるのかな。もしも、これに失敗すれば、偽物の鍵が現場に落ちていることになるだろう。こんな不自然なことはないよな。それに、すり替えようとしているところをカールさんに見られたら? これは正真正銘のギャンブルだ。でも、僕はやらなければならないと思った。




