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グレゴール・キング殺人事件  作者: ナツ & Kan
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14 ボーイの変装

 息を整えた。それから煙草を一本吸って、清蔵にオートロックを開けさせるにはどうしたら良いかと考えた。口から漏れだす言葉はやけに早口で、思考は目まぐるしく廻っている。なんだか焦っているのか、全てが早回しに感じられた。心拍が早くて強い。


 ……落ち着いて、考えるんだ。


 そもそも、僕が事前に用意してきた手段は、極めて単純なものだった。それは、ドアのインターホンを鳴らすことだ。しかし、玄関前で清蔵に僕の名前を呼ばれて、隣の部屋のカールさんにそれが聞こえてしまったら困ってしまう。それだけは避けなくてはいけない。


 僕は、鞄の中に震えた手を突っ込んで、ボーイ風のスーツと帽子を取り出した。似せいているだけで、よく見られたら偽物と気づかれる代物だ。つまり、こういう計画だった。僕は粋なサービスで、清蔵に酒をプレゼントしに訪問した乗組員の振りをするのだ。それどれだけ危険なことか、僕は知っていた。

 

 映画では、帽子を目深に被った俯き加減の男というのは、十中八九が犯人なのだ。だから、かえってこの私服のまま、堂々と尋ねていった方が良いかもしれない。しかし、深夜という不自然さもある。こんな時間に訪ねていくのだから、怪しまれることは前提なのだ。どちらにしても怪しまれるのならば、帽子を目深に被った俯き加減のボーイ姿の方が安全だった。


 僕は、どこのホテル制服かも分からない、その白のシャツと上着に黒の蝶ネクタイがついたスーツを着た。鏡を見ると、返り血がはっきりと目立つことが想像できたし、廊下では乗組員に怪しまれることだろう。だって、この豪華客船にこんな制服のボーイはいないはずなのだから。


 この計画には我ながら失望する。口からものが言えないほど悲惨なプランだったが、そのあたりに歩いている乗組員を後ろから締め上げて、制服を奪うことよりはリスクが少ないと思った。万が一、誰かに話しかけられたら、コスプレだとか私服だとか言って無理に誤魔化すしかない。


(……そんなに綱渡りが怖いなら、初めから殺人なんて計画しなけりゃ良いんだ)


 僕は自分を怒鳴りつけてやりたかった。悲しいことだ。しかし、またここでセンチメンタルになってしまったら、一向に念願は叶わず、苦しい日々が続いてゆくだけだ。前を向いて進まなくてはいけない。だけど、僕はロボットじゃないんだ。感情の動物なんだ。まして、喜怒哀楽というものがなかったら、そもそも僕は人を殺そうとなんてしないはずなのだ。


 ……犯罪が露見するのが怖いのか、人を殺すこと自体が怖いのか。そうじゃない。一番怖いのは自分が本当は何を考えているのか、分からなくなることだった。


 僕は意を決して、どこぞのホテルのボーイに成りすまして、廊下に踏み出した。しばらく廊下を歩いてゆく。すると突然、目の前に長身の乗組員が現れた。


 乗組員は、狐につままれたような表情で僕を見つめていた。よほど、おかしい人に見えたのだろう。僕は焦って、地団駄を踏んだ。乗組員が戸惑っている隙に、僕は顔を隠しながら、足早に歩き去っていった。


(今のはいけなかったな。時間をあらためるべきか)


 僕は、そんなことを思いながらも、実際には迷わず303号室の前に向かっていた。そして、ドアを前にして、居ても立っても居られない心地になった。


 このインターホンを鳴らしたら、僕は殺人をするしかないのだろう。さもなきゃ、この不自然な状況をハロウィンの仮装とでもうそぶくか。そうすりゃ、確かに僕は殺人をしないで済む。お気楽で幸せかもしれない。だけど、やっぱりこのインターホンを押したなら、殺人をすることになるのだろう。人生は変わる。それが良いことか、悪いことか、僕には分からない。もうじっくり考える時間がない。押すか、押さないか、それだけで人生が変わるなんて、信じたくもない。


 ……それは死刑台の押しボタンなのか。床が抜けるのか、ギロチンが降ってくるのか。

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