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蒼sou  作者: 櫻木 馨
4/14

水面

no.4


* 水面 *



どこだろう…岩だらけのゴツゴツした所だな…


少し歩いた所に、窪みがある。大人二人がやっとくらいの大きさの窪み。

そこに、誰かいる…。少年が二人。栗色の髪と濃紺の髪の少年。

向かい合って座りながら、談笑を続けている。


栗色の方は…暁月君だ。月色の瞳、白い肌。人を惹き付ける無邪気な笑顔。

もう一人は、見覚えがないなあ。


蒼くつややかな髪に、ブルーアイ、肌の色は暁月君と同じく白い。

顔立ちは柔和な暁月君に比べると、こちらは凛とした雰囲気で男らしく、時折見せる鋭い視線で常に周りを気にしている。

身体も程よく筋肉がついていて、細身ながら逞しさが伺える。


「……だよね…と…」


風向きが変わり、こちらに二人の会話が漏れてきた。


「じゃあ、ヒスイは問題ないと思うんだな?」


「うん。あの状態ではアレが限界だしね。どう考えたって、君が女性化するよりも、僕がした方がかわいいと思うしね」


「そうだよな。それは言えてるなあ」


あははは、と二人の少年が笑った。


「じゃ、決まりね。僕が女性化して、君の遺伝子と融合ってことで」


「うん。そうしよう。楽しみだよ、お前の女性化を見るのは初めてだし」


そう言うと、蒼い髪の少年が暁月君を抱き寄せて、栗毛にキスをした。

そのまま少し顔を離して月色の瞳を持つ綺麗な顔を見ながら言った。


「今日もかわいいな」


暁月君はそれを聞いて満面の笑みを浮かべた。







ザパッ



何かが水から飛び出す音。寝ているベッドが傾いた。


「おはよう」


「ン…」


目を開けると間近に栗毛が見えた。柔らかそうなそれに思わず手を伸ばして玩ぶ。


「ソウ…寝ぼけてる?」


玩ぶ髪の間から、月色の瞳がパチパチと瞬きながらこちらを見ている。

綺麗な大きな瞳に、長い睫毛。


いいなあ、私もこんな風だったら良かったなあ…


ぼんやりと思いながら呟いた。


「今日もかわいいなあ…」


一瞬、大きな瞳がさらに大きく開き、すぐに笑顔を作った。




パシャ、と水の音がして、顔に冷たい水滴が掛かった。


「!!?」


びっくりして目が覚めた。

傍らでヒスイが大笑いしている。


「っ…ぇえ?ヒスイ?」


「すごい寝ぼけっぷりだよ!スキだらけだよ!ありえない!ソウが!」


あははは、とベッドに半身をもたれて笑う彼を呆然と見ているうちに、自分がしでかした寝ぼけた行為を思い出して顔が熱くなった。


「〜〜〜!そんなに笑うことないじゃない!なんか、夢とか見てたし!連れてこられて昨日の今日なんだよ!」


「あははは!ごめん!だって、ソウが寝ぼけたの、初めて見たんだよ!」


「だからって、笑い過ぎ!」


真っ赤になって怒る起き抜けの私を、目尻の涙を拭いながら見ている。

なんて失礼なやつだよ。


「ほんと、ごめん。ソウは、いつも先に起きてて、寝たふりして僕が起こしに来るの待ってたから」


「私はまだ記憶ないし、中身はアオイだよ。連れて来たんだから、そこを踏まえて考えてくれないかなぁ…」


起き上がってベッド脇に腰掛けて、初めて水に足を浸けた。ひんやりと気持ちいい。

それから顔を洗うと、幾分落ち着いて、スッキリした。


「今日は、外に出るけど、気分はどう?」


「大丈夫。身体もだるくないし……でもさすがにお腹空いたかな…」


「食欲もあるんなら問題なさそうだね」


天井を見上げると、また青空の映像が部屋いっぱいに映っていた。


シュン、と音がして目の前に壁のブロックのひとつが飛び出して来た。

中に、服のようなものが一式入っている。


「それを着て。昔の制服はさすがに目立つからね」


服を取り出すと、ブロックは、シュン、と音をたてて元の壁の中に治まった。

ヒスイがベッド脇に手を置いて指を動かしている。

覗き込むと、いくつかボタンがついていた。


「この部屋、君が作ったんだよ。この装置も」


「へえ、私、ここじゃすごい人なんだね」


「そうだよ。まだ若いけど、それなりに尊敬されてて、憧れなんだよ」


「アオイのまま戻ったんじゃ、みんなガッカリだね。生きていけるかなあ…」


取り出した服を広げると、少し大きめのパンツとジャケットにインナーシャツ。

白く光沢のある生地に、黒とグリーンの切り替えが入っている。


「着替えるから、潜っててくれない?ベッドの裏に」


「オッケー。終わったら教えて」


チャプン、とヒスイが水に入った。

着たままだった制服を脱ぎ、ポケットに入っていたハンカチを水に濡らして身体を拭いた。


「……?」


こころなしか、寸胴がさらにひどくなったような…。

胸がさらに小さくなっている気がした。


「疲労で痩せたかな…」


もともとスタイルなんて気にも留めてなかったので、そのまま全身を拭いてこちらの服に袖を通す。

少し大きいかと思っていたが、意外にもサイズはピッタリだった。身体の動きにあわせて生地が伸び縮みして、かなり機能的だ。


着替えを済ませてベッドの下へ手を伸ばして合図すると、水中からヒスイが顔を出す。未来服に身を包んではにかんだ私を全身くまなく眺めて口を開いた。


「まだ顔立ちとかアオイだけど、だいぶ戻ってきてるね。髪も、眼の色も、体格も」


「そうかな…。そんなに外見違ってる?」


「うん。僕らはみんな中性的な顔立ちなんだけど、アオイは女の子の顔だし」


そうなのか…。少しは女の子らしい顔をしていたのか…。


「さあ、行こうか。ドクターの所で食事も用意されているからね」


水の中からヒスイが手を伸ばした。


「やっぱり、私も潜るの…?」


元の身体が潜れるからといって、アオイの記憶のまま息が続くんだろうか…?


「大丈夫だよ。底まで行って、あの出口をくぐって、すぐ浮上すればざっと20秒くらいだ」


「あ、それくらいなら…」


「それから陸までは500メートルあるけどね」


「そんなに!?」


「ははは、直径1キロの湖の真ん中に部屋があるんだ。岸までは僕が泳ぐから、掴まってればいいよ」


「ソウって、馬鹿なんじゃないの?」


「それは自分に言ってよ」


ヒスイの手を取り、水に全身を浸す。地下水というのが頷ける透明度…。時折魚が泳いでいる。コポコポと心地よい水と気泡の音が耳に優しく、重力を感じない水中を砂地まで降りていく。素足にあたる砂の感触が新鮮だった。そのまま手を引かれてブロックの壁の穴をくぐる。


直径1キロもの巨大な地下の湖、その透明度は素晴らしく、遥か先の湖の終わりが見える。底に続く白い砂地には、所々に水が湧き出ていて、その周辺には水に含まれているのだろう鉱物が結晶となって色とりどりに輝いている。


なんて光景…


あまりの景観に呆気にとられていると、ヒスイが手を引いて注意を促す。


やば、息が続かない…


慌てて浮上すると、すぐに水面は現れた。


ザパッ


水の上の光景は、水中と打って変わって、暗い洞窟の中だった。水の音が広大な空間に響く。


「すごいだろ?」


静かに離す声も、洞窟内に響いている。


「うん…びっくりした」


振り返ると、すぐそこにあるはずのブロックの壁がない。

手を伸ばすと、壁の感触に突き当たった。


「外側はカモフラージュされてるよ。安全のためにね」


「そうなんだ、そんなに治安悪いの?」


「地下洞窟だし、地上よりは目立たないけど、良くはない。音も響くから、普段は岸まで潜水したままなんだ」 


「あ、じゃあ、早く行かないと…?」


「そういうこと」


ガッシリ肩を組んで、ヒスイが泳ぎ始めた。私も出来る限り水を掻いて、負担を減らす。

しかし、それも必要ない程にヒスイは滑らかに滑るように水面を泳いだ。

すぐに岸に泳ぎ着く。


危険だと教えられてからは、口をつぐんで、無言のまま岸に上がり、心持ち警戒しているヒスイの後を歩いて言った。

クネクネと上下左右に分かれる洞窟特有の迷路をしばらく歩くと、不意に前方に光が射した。


「あそこが出口」


小さな声でヒスイが指を指した。


「たまにトラップが掛かってる場合があるから、充分注意して」


「…わかった」


慎重に進むヒスイの足跡を踏みながら光の方へ進む。

出口に差し掛かると、まずヒスイが安全を調べるために先に出て行く。周りの岩壁を厳重にチェックして、外の様子を伺い、外界へと足を進める。

振り向いて手招きされると、私はヒスイの動きを真似しながら続いた。

洞窟から一歩出ると、そこは鬱蒼としたジャングル。


「驚いたな。ほんとに学習能力が高いね。さすがアオイ」


「…?…普通危険だって言われたら、どうやるのが安全なのかって考えるもんじゃない?」


「いや、女の子で、しかもあんな平和な時代に育った子がいきなりこんな所に連れてこられたんじゃ、パニックになってついてくるのが精一杯だよ」


……それも一理ある。


「可愛げない、てことか…」


苦笑する私にヒスイが慌ててフォローした。


「いや、そう言うんじゃなくて、生き物としての能力の高さを…」


「いいよ、女の子にもモテてたんだし」


「ちがっ…ああ〜もう!そんな所はほんとに可愛げないなあ!」


クスクス笑いを噛み殺しながら、進み始めたヒスイについて行った。

笑った後だからだろうか、なんだか息苦しい。


「ヒスイ…待って…息が!」


「えっ?ああ、やっぱりまだ外側だけなんだね、呼吸器の仕組みが戻っていないんだ」


ヒスイはポケットから小さな筒型の機械を取り出した。ピッとスイッチを入れて私の口元にあてがう。


「これ、くわえて呼吸して。特殊フィルター。昨日少し話したけど、地上の大気は通常の人間にはとても耐えられないんだ。防護スーツの話をしただろう?」


…そう言えば、聞いたな。ほぼむき出しの地表に降り注ぐ宇宙線に細胞が耐えられないって。こんな、地上に出て何分も経っていないのに…。しかも上を見上げても、茂った枝葉で空なんか見えないのに。


フィルター装置によって濾過された酸素で、呼吸はかなり楽になった。進みながら、呼吸を整え、質問する。


「皮膚とかは…?」


「見た所、細胞の欠損が見られないし、皮膚は色を変えただけで組織変換がされていなかったのかも。どこか痛むとか?」


「いや、何ともないけど…そういえば、昔から皮膚は丈夫で、けがしてもすぐに治ってたような…」


「あはは、それだ。それ、『マルチ』の能力だよ。自然治癒力が異常に発達してるんだ。かすり傷程度は1日で完治する。ザックリ切っても2日。骨が折れると3〜4日掛かるかな」


「ほんとに?便利だな〜」


にわかに信じ難い話だが、実際私のけがも1日、2日で治っていた。骨折の経験は無いのでわからないが、もし3〜4日で完治するのが本当ならば、間違いなく何らかの施設に送られて実験体となっていただろう。


「究極の神秘は、組織再生。たとえ腕が落ちても、生えてくるよ」


「は?」


「落ちた瞬間から、組織再生が始まる。早ければ1週間、遅い人でもひと月で元通り」


ニヤリ、と不気味な笑みを浮かべて話す彼に、驚愕の表情を向ける。

いくら異常に発達してるからって…それはさすがに冗談としか思えない。

しかし、少年は淡々と歩を進めながら言葉を続けた。


「ほんとだよ。『マルチ』は、この地球上で身ひとつで生きていけるように進化したんだ。他の生物と同等にね」


「でも、それがほんとなら、今から会うドクターは?必要ないんじゃないの?」


「ああ、ドクターは、僕らの外傷には必要ないね。診てもらうのは、細胞組織と脳だよ。専門的に研究をしているから、僕らの能力を客観的に分析してくれる」


「ふうん…」


「着いた。ここがドクターの研究所」


空も見えない程にうっそうと茂ったジャングルを進んだ先に、ドーム型の建物が現れた。窓もなくツルンとしたミラー仕様の外壁。おそらく外界を反射してカモフラージュされているのだろう。

私たちが建物の前に立つと、シュッと音がして、入り口が開いた。




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