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蒼sou  作者: 櫻木 馨
11/14

狙い

no.11


* 狙い *



寝入ってから何時間経ったろうか…?

なんとなく、周りの空気に異変を感じて目が覚めた。


タイムセットされて変わる天井は夜空のままだから、まだ夜中である事はわかる。

暗闇に慣れた眼で周りを見渡すと、ヒスイが起き上がっていた。


「ヒスイ…」


「起きた?でも動かないで。外になにかいる」


やはり異変を感じとって、先に起きていたらしい。

集中して気配を探ってみたが、どうにも実態が掴めない…。


ヒトではない…?


「ヒスイ、何が…」


「わからない。気配が何かにすり替わっている。『ダブル』にしては巧すぎるけれど、『マルチ』でもないような…」


’集音’しているのか、ものすごい集中力が伝わってくる。感度を上げているのだろう。


「目的は…私たち?」


「この洞窟に入り込むからには、そうだろうね。この部屋の迷彩が見破られなければ良いけど…」


このガラスブロックで出来た部屋は、ソウが自分で作ったモノであるらしく、様々な仕掛けが施されている。

電極を使って動かす為に、ガラスに特殊な鉱物を混ぜてあるのだとか。壁のブロックは3重になっていて、部屋の中を自由に改装できるものと、収納を兼ねて壁の芯となるもの、そして外壁として電気的な迷彩を掛けられたもので構成されていた。

故に、この部屋は湖のど真ん中に水上6メートル、水中8メートル、床面積20平方メートルの大きさで存在していながら、外壁に掛けられた迷彩によって、傍目には無いものとして欺かれているのだ。


「…埒があかないな。物音ひとつ立てない。きみは、このままここにいて。動かないで」


「え、なにするの?」


「ちょっと見てくる」


そういうと、こちらも衣擦れの音さえ立てずにヒスイが立ち上がった。

外に出る為にブロックを動かすのには多少の物音がするのでは、と問うと


「大丈夫」


といって、大樹の根元のブロックを一カ所手でそっと外した。音が立たないように、私のベッドの上に外したブロックを置いた。


「これ、非常用だよ。内側からしか外せない。覚えておいて」


彼は小声でそう囁いてから、これも見事に音を立てずに、樹の根を伝って床下の水中に消えて行った。


しん、と辺りに静寂が降りてくる。ヒスイの気配をたどるも、さすがに消しているらしく何も掴める情報は無かった。

そのまま、長い事ベッドに横たわったまま、ヒスイの戻りを待った。


―――遅いな…


天井の星空がやや白み始めた。夜明けが近い。

気を張って待つつもりだったが、動けない状況もあって、うとうとと微睡んでくる。



ちゃぷ



水の音にハッとして微睡みから引き上げられた。



「アオイ、大丈夫ですか?」


「クレイル…?」


ヒスイが戻ったのかと思ったが、思いがけず呼びかけられた声に驚いた。

天井は朝焼けの青空に変わっていて、それは夜が明けた事を示していた。

視界に朱の髪色が近づく。


「もう、動いて平気ですよ」


それを受けて起き上がる私に手を添えながら、彼はベッドに腰掛けた。


「ヒスイは?まだ戻らないけれど…」


「外にいます。『ダブル』の偵察ロボットが侵入していたんです。途中一カ所のトラップが作動していました。幸運にもアタリのトラップを破ったのだと思われます」


クレイルはそう言って眉を顰める。

確かに、この部屋がある湖の空間までは20もの枝道があり、その全てにソウが仕掛けたトラップが備わっている。湖にたどり着く為の枝道にもだ。トラップを解除する術はソウが直接教えた者しか知らない。情報を洩らした者には死が誓われていた。

そして、洞窟内でトラップが作動すると、外部の信用された人物へ知らされるようになっており、こうしてクレイルがここにいる訳である。外にはフォーブスも来ているのだろう。



外に出ると、湖の岸にテントのような迷彩幕が張られ、クレイルに促されてその中に入るとヒスイとフォーブスの姿があった。


「おう、無事だな」


フォーブスがニヤリと笑った。

彼の足元には、またも人間の少年の姿をした機械が転がっている。ここに来る途中で襲ってきた戦闘ロボットに似ていたが、顔や髪の色が違っていた。色んなタイプが作られているらしい。すでに所々破壊されていたが、かろうじて外形が保たれているところを見ると、今回はヒスイに爆破されてはいないようだ。


「ごめんね、すぐ戻れなくて」


ロボットの脇に屈み込んでいるヒスイがすまなそうにこちらを見た。


「いや、気にしないで。うとうとしちゃったし」


「おまえ、この状況で寝てたのか?図太い奴だな!さすがというか…」


フォーブスが呆れて言う。居心地悪く、顔が赤くなったのが自分でもわかった。

隣でクレイルのクスクス笑いが聞こえた。


「で、コレなんだけど」


ヒスイの苦笑いとともに、1枚のマイクロチップが差し出された。

5ミリ程度のそれには、電極の他に赤い小さな部品がついていた。


「…GPS通信型追跡記憶装置」


クレイルとフォーブスの顔が引き締まる。


GPS通信…という事は、ここへ来るまでの軌跡が衛星へ送られ、これを寄越した『ダブル』のもとへ届いているという事。


「おそらく、視野映像も送られている。僕たちの姿が映らなかったにしても、この場所で破壊されたという事実はバレている」


ふう、と溜息が漏れ、フォーブスがこちらを見た。


「せっかく帰って来れたのに、休まらないなあ、お前の人生は」


珍しく優しい表情で、労りの言葉をかけられた。


「狙いはお前ら2人に絞られている。入る前に狙われたって聞いたが、たぶんそいつもコレも新型だ。この磁場の状態でしかも第2氷河期以来の遺物である衛星を使えるとは思っていなかったが、奴らとうとう可能にしやがった」


「僕とアオイなのか、アオイだけなのか、はまだわからない。でも、ここがバレてしまった以上、ここにいつまでもいるのは危険すぎる」



――――!

再び侵入者の気配がした。



その場にいた全員が気付いた。


「くそ、こんな時にアイツか…」


言いながら手際よくクレイルの上着が掛けられ、フォーブスの思念が掛けられた。

迷彩幕が揺れ、厄介者扱いの彼が現れた。


「なんだなんだお揃いで!ソウを迎えに来たのか?」


グエルは言いながら、ヒスイの足元に転がるものに眼を向け、表情を険しく変えた。


「偵察ロボットがここまで…?確かにソウのトラップが一カ所壊されていたが…あの破壊力を突破できる程の構造まで出来上がって来たっていうのか?」


「ああ、どうやらそうらしい。その上、GPSまで使い始めたんだ」


ヒスイは苦々しげに答えるとグエルにマイクロチップを渡した。


「あんたなら、製造元がわかるだろう?協力を求めるのは不本意だけど、調べてくれないかな?」


受け取ったチップを裏表とよく見て、足元に転がる本体の頭部を調べる。


「ふん、こいつは確かに新型だな。製造元は”ダラス”だろう。チップをスキャンすれば所有者の情報がわかる。ちょっと持って帰るぜ」


「頼む」


普段激しく争っているヒスイから短く告げられた依頼の言葉に、グエルは顔を歪めて手を振った。


「お前から何か頼まれる日が来るとはな。ただし、タダでやるわけにはいかねえな」


グエルは私たち4人に向き直り、見渡した。


「ソウもいないのに、ここへ偵察が入る訳が無い。なのに入った。そしてお前らが集まっている。その中に、通常いる筈の無い人間が混じっているってのは、どういう訳なんだ?しかもだ、フォブ、この至近距離では思念にも限界があるぜ」


見破られた―――。


無遠慮にグエルの手が伸びてくる。

その手を払うように、3人が間に入った。


「ほらな、思念を掛けてそこまで警戒する程の秘密を、そいつは持っているんだ」


もうだめだ。


「ヒスイ、フォブ、クレイル、もういいよ。もう無理だ。ごめん」


3人が申し訳なさそうに私を見た。フォーブスの思念が解かれる。

クレイルの上着を脱いだ。


グエルの眼が喜びに輝く。


「やっぱり!ソウか!」


近づくグエルとの間に、ずい、とヒスイが割り込んだ。


「待て、外見だけなんだ。中身は違う人間なんだ」


「あ?どういうことだ?」


「ここにいるのは、ソウじゃない。アオイという、女の子だ。気配が違うからあんたも核心が持てなかったんだろう?」


信じられないものを見る目で、ヒスイの脇からグエルが私を覗く。上から下までしげしげと。


「確かに、気配は女だな。しかも『ダブル』に近い。でも、身体は完全にソウだな…アオイって名前なのか?」


美しい人形のような顔の射るような視線に捕らえられて、眼を逸らす事が出来ない。問いかけには無言で頷いた。


「なあ、触ってもいいか?」


「な!いいわけないだろ!」


サラリと放たれたグエルの要求に、ヒスイが戦闘態勢をとる。


「お前に聞いてない。アオイとやらに聞いてんだ」


ゴクリ、と思わず息を呑んだ。

構えるヒスイの脇から、恐る恐る、右手を差し出してみる。3人が驚いて私を見た。


「へえ…」


思いがけない反応に気を良くしたのか、良い笑顔を向けて、差し出した右手をグエルが握った。


「よろしくな、アオイ。俺はグエルだ。聞いてるだろうが、俺はソウの遺伝子が欲しい」


鋭い視線をよこしたまま、握った私の手を口元に当てる。指先に落とされた唇から、グエルのソウに対する感情が流れ込んできた。熱い程の憧れと親愛。


ぱ、とヒスイに腕を取られ、流れが途切れた。グエルはやれやれといった表情で私の手を離すと、くるりと向きを変え、迷彩幕の出入り口をめくった。


「言っとくがな、俺の目的はソウだ。アオイ、ソウが戻るまで、その身体を護りきれよ。俺もソウが戻るまで待つ」


それだけ言うと、彼は外へ出て行った。


はあ、と大きな溜息が4人分漏れた。



こういうわけで、この世界へ来てわずか10日。寝る家も失う羽目となる。



「…どうすれば…?またドクターの所に?」


「いや、部屋を移す場所は他にもあるんだ。準備はすぐ出来る」


戸惑う私にヒスイが心配ない、と答えてくれる。

こういう事には慣れていると言った様子で、3人がてきぱきと辺りの物を片付け始めた。クレイルが偵察ロボットの残骸の全体をそっと撫でると、掌が通った箇所から順に発火し、燃え始めた。迷彩幕が取り払われ、ヒスイとフォーブスがブロックの部屋へと消えて行った。


「…グエルが、思ったより冷静で助かりましたね」


取り残されてぼんやり成り行きを眺めていた私に、燃え残りを更に燃焼させて完全な灰にしながらクレイルが話しかけた。


「うん…」


「彼、あなたに何を伝えてきました?」


「え?」


「手を握った時に、なにか変化はなかったですか?」


つくづく察しがいいな、と苦笑が漏れる。


「特に、これと言った言葉はなかったよ。ただ…親愛の情…というか…、ソウの事を心底心配して、戻った事をすごく喜んでいたな」


「そうですか…」


ふわりと優しい表情でクレイルが微笑んだ。


「ソウを護れ、か…」


ただ単に遺伝子のみを欲しているとするなら、今の私でも問題はないのだろうが…いや、ダメか。私は自分の意志で擬態出来ないから、sexless[セクスレス]のままなんだっけ。だから皆、ソウの帰還を心待ちにしているんだな…。『ダブル』でさえも、ソウを欲しているんだ。

だったら、なぜソウは私なんかに封じられているんだろう?力の差なんて歴然。思念で脳の情報を自在に操れるくらいなんだから、自分の身体を危険に晒しておくような真似は、本当に無駄だとしか思えない。


呟いたきり黙り込んでしまった私を慰めるように、朱色の髪の青年が肩を抱いた。

ポンポン、と叩き、なるようになりますよ、とそっと呟いた。




ゴポ


水音が響いた。


「ああ、準備が整いましたね。アオイ、おもしろい物が見れますよ」


見ると、ブロックの部屋の周囲から水が引いていく…。

思わず立ち上がって、水際まで寄った。


部屋を取り囲んでいた湖の水は、まるで部屋から離れようとでもするように、ぎりぎりまで盛り上がりながら建物との接点を離していった。

ブロックの迷彩が解かれる。3重のブロックを通して、中にヒスイとフォーブスが立っているのが見える。2人はベッド脇のボタンの並ぶパネルを取り外して操作しているようだった。


そのブロックの部屋の壁の一部が動き、出入り口となる。フォーブス、ヒスイの順にそこから出てくると、なんと、今の今まで部屋として形を成していたブロックが次々と水面を滑り始め、岸まで一直線に連なった。その上を2人が歩いてこちらにやってくる。

全てのブロックが岸に滑り着いた時、それまで水のドーナツさながらに盛り上がり穴をあけていた水面は、再び静かに湖底を覆い尽くし、湖には静寂が戻った。湖面には、部屋の中央にそびえていた大樹が顔を出している。


今、私たち4人が立つ湖岸には、膨大な数のガラスブロックが詰まれ、ひとつの山を成していた。


「え…と、これは、次の場所まで今みたいに滑って移動するのかな?」


「いや、そりゃ無理だろ。目立っちまうからな」


フォーブスが苦笑した。

確かに無理だろう。部屋を移動するって言ってたのは、てっきり同じような建物が他にも存在していて、単に引っ越しをするだけなのかと思っていた。だが、建物は目の前で解体され、積まれた材料はどう考えても4人の手では全てを一度に動かせるとは思えない。


「まあ、見ていなさい」


得意げに笑みを作るヒスイがパネルのボタンを操作した。


パシュ


炭酸水の瓶を開けるような、小気味よい音がして、目の前にあったガラスブロックが粉々に砕けてしまった。


「な……」


ぽかんと口を開けている私をよそに、砕けたガラスは更に微細に崩れ、足元に降り積もった。砂時計のそれよりも微細な粒が、きらきらと虹色に輝いている。


「特殊な鉱物を混ぜてあるって言ったろ?ガラスの原料に混ぜて、電極を流し続ける事で、形を保っていたんだ。今、送電を解除したから、原材料に戻ったのさ」


ヒスイがそう説明すると、クレイルが進みでて、ここでも虹色の砂山に掌を這わせ、焼成していく。真っ白な炎が粒を溶かし液体となる。さらに熱が加えられ、液体の中にひとつの結晶が生まれ始めた。


「あれが、その鉱物だ」


瞬く間に、大きさにして1m程の大きな剣のような結晶が虹色の輝きを放ちながら目の前に姿を現した。


「これさえあれば、あの部屋はどこにでも作る事が出来る。まったく、お前のアタマはなんでこんな物を作り出せるのか、舌を巻くぜ」


フォーブスが精製された結晶を手際よく布に包んで肩に担ぎ、移動の準備は全て整った。


「引っ越し先は、もう決まっているの?」


洞窟の出口に向かいながら、まだ知らされない行き先を聞く。


「うん。ここから8km程行った先に、似たような環境の洞窟があるんだ。以前から、ここがダメになった時に使うように決めてあった」


「8km…ドクターの研究所より遠くに行くのは初めてだ」


なんとなくワクワクした。


「途中に何事もなければいいな…」


そう言って他の3人が眼を合わせた。





洞窟の入り口まで、いくつもの対外用トラップを解除しながら進んだ。


「一番近いエリア・デルタから、そのGPS機能の情報を辿って奴らがここに来るのは、どれくらいなんだ?」


進みながらフォーブスがヒスイに問う。エリア・デルタとは、この場所から200km程西にある『ダブル』の住むドームのひとつで、ドクターの研究所裏の岸壁に登った時に見えた建物だ。


「常時監視しているとしたら、そう時間はかからないよ。あの偵察ロボットを壊してからもう2時間経つ。奴らのエア・トレーラーならそろそろ着いてしまうかな」


「じゃあ、あの入り口を通るのは危険か…抜け道から北に出よう」


「そうだね」


そういうと、私たちは入り口手前の枝道のトラップを解除し、そこから20m程の所から頭上の縦穴に入った。ヒスイに抱えられて50mは続いているその縦穴をひと息に跳び、そこから斜め上に伸びた穴を進んだ。途中、その縦穴にフォーブスが新たなトラップを仕掛けた。


5分程度暗闇を歩くと、前方に明かりが射してきた。


「出口だ」


それまで冷たい岩と水の匂いしかしなかった洞穴に、ふわりと緑の香りが漂ってきた。仄かな砂の香りも混じる。


クレイルが先に走って外部をチェックして合図すると、私たちは地上へ這い出した。暗闇に慣れた眼に、木の葉を透かした光が眩しい。


ここも研究所までの道のりと同じく、空が見えない程に生い茂る木々の中だった。幹周り10m程もありそうな大きな樹の根元に、その洞穴の出口があった。ゴツゴツとした根が、穴の周囲を抱えるように這っている。


新しい洞窟の入り口は、そこから更に北へ30分程歩いた所にあった。



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