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マリーの焼きそば

作者: 桃園真理子

<本日の夕食>

・焼きそばパン


***


「パンが食べたいな。」


「パン?」


「そう、パン。美味しいフランスパンが食べたい。友達のおススメなんだけど、凄い美味しいフランスパンがウリのお店があるんだ。」


「じゃあ、行く?」


「行く、行く。ねえ、今から行こうよ。」


ユウナがぎゅと腕に抱きついてきた。柔らかい感触が腕から伝わって、思わずもぞりと足が動いた。


「ねえ、いいでしょ。」


長い睫で縁取られた黒い目に、引き込まれるように肯く。


「ああ、いいよ。」


表通りからひとつ引っ込んだその店の前には、人の列ができていた。

通りに漂うパンの焼ける香ばしい匂いに、腹が勝手に鳴った。


「良い匂いだね。」


するりと、言葉が出る。まるで、胃がしゃべったようだ。


「そうでしょっ!ドイツの本場で修業したんだって、皮がね、もうパリパリで、歯ごたえが違うんだって!もうそれを聞いたら、食べたくて、食べたくて、ユウナ、セイジと来たかったんだよっ!」

「ふーん、そんなに違うの?」

「違う!違う!もう、そこらで売ってるのとはね、違うの!小麦の味がね、するの!ほら、ここまで良い匂いがする!あー、早く食べたいなぁ!」


ユウナは、頬をぷうと膨らませて、パンの薀蓄を語り出した。

思っていたよりも、パンが好きなようだ、小麦の産地や配合、こね方や焼き方、自分で焼くこともあるのだろう、身振り手振りで話す姿は、普段よりも親しみがあって実に可愛い。


頭一つ下のユウナのつむじが見える。

体の動きとともに跳ねる無造作カール。

肩あたりで、ぽよんと跳ねる髪に指をからめたくなる。パンの匂いに交じって、ユウナの香水が甘く届く。

パンの匂いの混じったそれは、なんとも言えない違和感を生み出している。


ああ、早く二人っきりになりたい。

このあと、家に来ないか言ってみようか?

ユウナの家でもいい。

パンをいっぱい買ったら、きっとこの可愛い顔は頷いてくれるだろう。


「あっ!順番きたよ。」


***


目の前の焼きそばから、香ばしいソースの匂いがする。


「今日は、パンが食べたい。パリパリのフランスパンが食べたい。」

「今、家にパンは無いから。」

「ここにある。」


目の前に、今日買った紙袋を置く。先ほどから良い匂いを醸し出していた大きめの紙袋二つ。

パンに罪は無い。

そう、パンに罪は無い。

だから、どうしても、俺は、このパンを食べないといけないんだ。

本当はもう、パンの匂いなんて嗅ぎたくなくても。


マリは、大きくため息をつくと、テーブルの上の皿とその紙袋を引き上げた。

ふわりとソースの香ばしい匂いが鼻につく。思わず「このまま食べる」と言いそうになったが、口を閉じて飲み込んだ。


マリは、狭いキッチンでパンを温めているのだろう。


(その焼きそば捨てるのかよ。)


喉の奥で、賤しい俺が不満を零す。


(美味しそう)


(食べたい)


口を更に噛締めて、眼も閉じる。ついでに、鼻の穴も閉じれればいいのに。

部屋中に、焼きそばの旨そうな匂いが充満している。


「できたよ。」


焼けたパンの香ばしい匂いがする。

目をあけると、パリパリと焦げ目のついたフランスパンには焼きそばが挟まれていた。


「焼きそばパン。」

「焼きそばパン、嫌いだった?」

「いや、好き。」


焼きそばパンは、好きだ。


両手に持つと熱かった。

ふんわりと小麦の香ばしい匂いがする。ゆっくりと端から齧り付く。パンに付いたソースが食欲をそそる。

ぷりっとした麺と焦げた豚肉が旨い。柔らかくなり過ぎてくったりとなったモヤシも旨い。

腹がぐーと鳴る。早くよこせと訴える。

俺は黙って焼きそばを食べる。四分の一に切られたパンは、俺の片手程の大きさだが、瞬く間に腹に収まってしまった。

マリの目の前にはまだ手つかずの焼きそばパンがあって、思わずごくりと喉が鳴る。


「まだお代わりあるよ。」


マリは、俺の方に皿を置いた。


「ありがとう。」


マリが、ニコリと笑った。

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