俳句部としての船出
俳句部が船出します。
松山俳句甲子園の兼題が四月五日に発表された。
参加申し込みをフォームよりエントリーすることからこの挑戦はスタートする。
出場者全員のリストは五月九日。
オーダー用紙は五月十一日。
特別推薦枠記入用紙は五月十五日。
それぞれ正午までの受付だ。
一チームの五名全員がそれぞれ三句制作し、対戦オーダー用紙に必要事項を記入する。
〆切までにはまだ日はあるけど、ゴールデンウィーク明けには提出しなければならないのだ。
詩織はそれを知らずに、新入生をメンバーに加えることを考えていた。
今の部員は詩織のライバルでもあったからだ。
淳一との秘密の関係を打ち明けられない以上、詩織はこれからも嫉妬にまみれた高校生活を送らなければならないからだ。
結婚はしてはいても……
詩織は未だに、淳一を取られてしまわないかと怯えていたのだ。
幾ら俄に詰め込んでも、所詮素人で終わってしまうことなど考えてもいなかったのだ。
詩織には辛い一学期が開始されようとしていた。
まず淳一はホワイトボードに陽炎と石鹸玉と書いた。そして陽炎の隣に絲遊と記した。
「練習題は陽炎と石鹸玉だ。陽炎は絲遊とも言う。これは傍題だ。主題季語の言い換えや関連のある季語を指す。でも事務局では、季語そのまま使用することを推奨している。だから硬く考えるな」
「先生。石鹸玉も季語だったんですね。でも春より夏って感じですが……」
「そうだな。石鹸玉もたまやや水圏戯などと呼ばれている。実は風船も風車もブランコも春の季語なんだ。お正月に良くやる凧もそうだ」
「えっ、嘘」
「ほら、此処に書いてあるだろう? この歳時記は松山出身の高浜虚子が記した物で、高校時代の恩師からの贈り物だ。俺が持っている唯一の物だ」
「ボロボロですね」
中を開きながら部員は言った。
「破くなよ。弁償してもらうからな」
「えっー、やだ」
慌てて部員は手を引っ込めた。
「嘘だよ。もうこの本は買いたくても買えない。だから大切に扱ってほしいんだ」
淳一はそう言いながら部員達を見回した。
「鞦韆はブランコのことで、ふらここや半仙戯とも言うんだ。今歳時記は増殖している。だけど俺は恩師から受け継いだこれで勝負したかったんだ」
「もしかしたら、全ての物に季語があったり……」
「そうかも知れない。だからこそ季語は大切にしなくていけない。だから皆気持ちを引き締めて頑張ろう!!」
「おぉー!!」
淳一が活を入れると、皆拳を上にかざした。
「それじゃいくぞ。皆、多作句多捨を忘れるな。ドンドン作ってドンドン捨てよう。でもタダで捨てるな。自己判断は止めて、皆でその句を評価し合おう。その中に光る作品もあるかも知れない」
「自分で見極めないでグループで皆で考えろってことですね?」
「そうだ。その通りだ」
「先生。このグループで決まりですか?」
「出来れば此処に居る十五名全員連れて行きたい。だから、一人の脱落者のないように頑張ってくれ」
淳一は叱咤激励した。
「この前も言ったかも知れないけど、言葉の無駄使いを無くしたら、情景も入れられる。僅か十七文字だけど、個性を活かした作品にしてくれ」
淳一はそう言いながらホワイトボードに向かった。
「兼題の三つの季語と五つのテーマ。まずはこれでいこう。十五分で出来るだけ多くの句を作る。はい、始め」
淳一の合図で皆短冊に向かって鉛筆を走らせた。
「皆ごめん。俳句部は始まったばかりだから部費はあまり貰えそうもない。今はこのチラシの短冊とメモ帳で許してくれ。今積み上げて行かないと、名句を作ろうと思っても作れない。まずは下手くそでもいいから五七五で作るトレーニングだ。考え過ぎず、俳句作りに慣れることだ。何時も言ってることだけど、大量に俳句を作って俳句を生み出すことに慣れてくれ」
淳一と俳句部員との死闘とでも言うべき、挑戦が始まった。
「パッと思い付いたものをパッと詠む。多くの俳句を作ること、それが大事なのだ。沢山作って沢山捨てて、その中で良いものを残していく。それが君達一人一人の基礎になってくれたら嬉しい。だから頑張ろう!!」
「はい!!」
生徒全員が拳を振り上げた。
松山俳句甲子園に向かっての特訓は暫く続くことになる。
「き、って解るか? 下に続く言葉を引き立たせる言葉だ。俳句はこのように一つ一つの言葉が重要なのだ」
「先生。やとかなは切れ字だから一緒にしない方が良いのでしたね?」
「その二つが使われている句もあるけど、出来れば避けた方が良いな」
淳一は生徒達の目の輝きを見ていた。
(これなら勝てる)
淳一は直感した。
「本番は紅白の布を掛けた長テーブルで五人一組のチーム戦で、お題を元に俳句を作成する。五人の審査員が紅白の旗で勝敗を判断するんだ。何時もは運座だが、今日は合い向かう。はい、対戦するチームと審査するチームに別れて」
「えっー、もう」
「善は急げだ」
淳一の合図でテーブルの前後に分かれた。
「目の前の短冊から自分の一番だと思う句を選び、その中からチームの句を選ぶ。今から十分間だ。はい、始め。本番ではその句を批判し合う。それを今からやってみる。君達が雰囲気に慣れるが重要だからな」
淳一の言葉には気合いが入っていた。
部員達はそれを察し、身を引き締めるように各々が選んだ短冊を回し読んでいた。
結果は神の身ぞ知るだったが、松宮高校俳句部は夏の俳句イベントに向かって船出しようとしていた。
完。
俳句部はつづきますが……




