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語ーカイギー ジャック、獄中より

 

 琥珀色の大きな目を持つ弟曰く、


『兄ちゃんってウグイスと違ってお菓子買ってくれるから好きだぜ!』


 鶯色の刺青を入れた頬が特徴的な妹曰く、


『ちょっと兄さん、甘いわ、甘過ぎるわ!もっと厳しくしないとコハクは勿論、私だって付け上がるんだからね!?』


 燃えるような紅色の髪の弟曰く、


『兄さんの人の良さは美点ですけど、そうもお人好しだとそのうち悪女か詐欺に引っかかりますよ』


 これが、僕の子供でもあり妹と弟でもある彼等の、僕の評価である。優しいけれど優柔不断。誰も彼も助けてしまう聖人君子。自分の負担を考えずに他人を顧みるばかりのお人好し。それが、僕ーージャックを取り巻く人々の、僕に対するイメージらしい。

 そんなに良い人間でもないんだけどね、実際。

 でも、僕の可愛い子供たちは口々に僕を優しいと褒めちぎり懐いてくる。だから少なくとも彼等の前でだけは『優しい兄』になれるようにしようと常々思っている。優しくなろうなろうと思っている時点で、本当の優しい人ではないと思うのだけれど。


「や、あんたは優しいでしょ」


 自虐をつらつらと並べる僕を、彼は否定する。


「……ああ、ごめんね。別に、君にそんなことないって言葉をもらって救われようと思ってた訳じゃないんだけど」

「まったまたぁー、そういうふうに気にすること事態、優しい奴っていう証拠なんじゃない?」

「優しいのはジョシュア君の方だよ。こんなどうしようもない僕を励ましてくれるんだから」


 人身売買なんていう禁忌を犯す奴や、国を滅ぼす魔王がいれば、彼のように優しい人もいる。これだから僕は、こんな世界で生きていくのが楽しくて仕方がないんだ。

 といってもーー今は楽しいだとか言っている場合でもないんだけど。

 僕は改めて、自分が収容されている薄暗い牢の中を見回した。

 鎖に繋がれた足枷のせいで一定距離以上行けない上に、格子に阻まれ、視界は縦縞模様。半端ではない閉塞感だ。

 きっかけは、妹のウグイスに絡んでくる輩がいたので、ちょっとした注意をしたことだった。だというのに、何故か逆上され、奴隷商人の手先だったらしい連中に拉致られてから早二週間。僕はずっと、この光の届かない牢で毎日を過ごしている。

 いや、ずっとというのは語弊があるかもしれない。大切な商品である僕たちは、毎日鎖に繋がれたまま連れ出され、風呂に入れられる。商品の質を落とさないためであるらしい。

 そのため、出される食事も栄養のあるものであるし、何かと面倒を見てくれる。不足するものは、自由だけだ。

 そこそこ快適な生活と言えよう。しかし、僕はこの生活を甘受する訳にはいかなかった。

 僕には、弟と妹であり、息子と娘でもある、大切な家族がいるから。

 コハク。ウグイス。ベニ。

 彼等から離れて、何処の誰とも知れぬ人の元で働くわけにはいかない。きっとあの子たちは、僕の帰りを待っている。

 というわけで僕は、


「脱獄しようと思います」


 と、意気揚々と宣言した。

 相部屋(相牢?)のジョシュア君は、僕の言葉に、「おー」と平坦な感嘆の声を上げた。


「まじかよ。何でいきなり?」


 ジョシュア君がこてん、と首を傾げると、彼の艶やかな金茶の髪がさらりと揺れた。薄暗いこの空間でも、彼の明るい髪色は静かに煌めいている。

 そんなジョシュア君の問いに、僕は笑った。それこそ愚問というものだろう。


「何でって、僕には大事な家族がいるからね。あの子たちのもとに戻らないと」

「……戻らないとって、本気で脱獄もどれると思ってるんですか?」


 僕の答えを、今度は向こうが鼻で笑ってきた。ちなみに、今の言葉はジョシュア君ではない。女の子の声だ。

 声の聞こえた方、向かい側の牢獄の中を見やると、そこには気の強そうな女の子が一人。歳の頃はベニと同じぐらいだろうか。よく見ると彼女の牢の中にはもう一人女の子がいたが、憔悴しきっているのか、牢の奥の隅っこで蹲り、物置のように微動だにしていなかった。


「それって、どういうこと?」

 

 あまり友好的ではない雰囲気の女の子を刺激しないように、なるべく柔らかい声音で僕は尋ねた。

 先程のジョシュア君の動きを真似てこてんと首を傾げてみたが、やった後にもう二十代の自分がやってもむさいだけだった、と少し後悔した。

 やはりと言うべきか、女の子の苛立ちは未だ解かれていない。


「そう簡単に出られるなら、私たちだってすぐに脱獄してます。知ってますか。この部屋はね、数ある奴隷収容室の中でも特に堅牢なんです。上質な奴隷を逃さないためにね」


 自嘲気味に吐き捨てる彼女。確かに、足枷は丈夫でちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れてくれなそうだ。


「ねっ、ジャッくんジャッくん、今の聞いた?上質な奴隷だってさ。やっぱ俺イケメンだから、高く売り飛ばされんだろーなー」

「ジョシュア君は綺麗だもんね」

「あ、まじ?やっぱそう思う?」

「……ふざけないで」


 ぱちーんとジョシュア君がウィンクをかましたところで、少女の低い声が空気を重くさせた。


「なんでそんな悠長なのよ……このままどんな遠いところに売り飛ばされるかも分かんないのに、なんでそんな余裕こいてんのよっ!?」

「ちょっとちょっと、なーに怒ってんの?身体に悪いぜ?」

「馬鹿にしないで!私は嫌よ、奴隷になってお父さんのところに二度と戻れないなんて絶対に嫌!逃げたい、こんなところ早く出たい!早く、」

「だから逃げるっつてんじゃん」


 少女の今にも泣き出しそうな叫びを遮ったのは、急に真顔になったジョシュア君。先程までのへらへらした笑みをすっかり潜めさせた、冷たい、無機質な表情。


「あんた、めんどくさいよ。逃げられないって言ってみたり、逃げたいって言ってみたり、結局どっちなわけ?逃げたいなら作戦考えて実践しようとすればいいじゃん、ジャックみたいにさ」


 ちら、と僕の方に目をやるジョシュア君。彼の目が僕に尋ねている、どうやって逃げるつもりなの、と。

 ……え?僕が作戦を考えてるって?


「いや、僕何も考えてないんだけど。ノープランだよ、ノープラン」

「ーーって、考えてないのかよ」


 僕の返答に一気になんとも言えない空気が牢屋を支配した。

 さて、どうしたものか。この場で僕は一番の年長者。こういうときは率先して場を取り仕切らなければならない。


「でも大丈夫だよ、僕がなんとかするから!」


 とりあえずどんと胸を張って見せれば、少女は「何それ、意味わかんない」と赤い目で僕を睨んだ。必死に虚勢を張っているその様は、僕の家族のウグイスを思い返させた。

 ベニ。ウグイス。コハク。僕の大事な家族たち、待っててね。必ずあの家に帰ってくるから。

 決意を新たにしたところで、ジョシュア君がジャラジャラと足枷の鎖を鳴らした。


「それでジャッ君、なんとかするって具体的には何すんの?」


 その声が含む色は、期待に満ちていた。この牢から出られるかも、という期待ではなく、何か面白いことが始まりそう、という期待に。

 僕は、自分の脳内で急速に組み上がっていくひとつの作戦を伝えるために、意気揚々と口を開いた。

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