理性が脳を支配した日
その星には「ふよふよ」という生物がいた。ふよふよは知能がたいへん発達しており、洞穴や木のうろに巣(簡単な家といってもよいだろう)を作り集団でくらしていた。また、一種の社会性も観察することができた。
ふよふよは感情が豊かな生物であった。狩りが成功した時は、飛びはねて喜んだ。食べ物を他個体に奪われた時は、歯をむきだして怒った。ちかしい個体が死んだ時は、涙を流して哀しんだ。冗談を聞いた時は、大声で笑って楽しんだ。
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ある日、今までとは違ったふよふよがうまれた。そのふよふよは喜ばなかった。怒らなかった。哀しまなかった。楽しまなかった。あるいは、こころの中では他のふよふよと同じように豊かな感情を持っていたのかもしれない。だが、かれは決してそれを表に出すことはなかった。ただ、いつもうすら笑いを浮かべているだけだった。
そのふよふよは、他のふよふよたちにとって扱いやすかった。かれは争いごとを全く起こさなかった。狩りの場では最上位の個体に指示された通り正確に動き、成果をあげた。むろん、嫉妬に狂って仲間を殺すことも、欲にのまれて盗みを犯すこともなかった。ゆえに、群れの中ではそれなりの立場を得た。
やがて、そのふよふよに子がうまれた。その子にも同じ性質が受け継がれた。その子は幼い時期には泣きこそすれ、成長する上でしだいに感情をなくしていった。その子もまた、群れの中ではそれなりの立場を得た。しかし、その子が大人になり、万事うまくいっているかのように見えたその時。その子は自ら命を絶った。今までのふよふよには全くなかった行動だった。
ふよふよたちは感情を押さえつける力のことを「理性」と呼ぶようになった。
その後、理性を持つ個体は各地で同時多発的に発生し、急速にその数を増やしていった。
理性は文明を作った。
群れから集落へ、集落から村へ。言葉が発達し、文字がうまれた。道具が進化し、農業が行われるようになった。
村から町へ、町から国へ。暮らしに余裕ができたふよふよたちは思想にふけった。宗教が完成した。
国から世界へ、世界から宇宙へ。これまでのものとは全く毛色が異なる、カガクという宗教が信仰された。ふよふよたちは、もう以前のふよふよとはまるで別の生物になっていた。
もちろん、ここまでの過程がすべて円滑に進んだわけではない。全部が全部、理性を持った個体ではなかったし、理性を持てども完璧に感情を支配しているわけではないものもあった。いくつもの大きな戦争を経験した(ようやく落ちついたのだ)。
ふよふよたちは自身の変化をほこっていた。文明をほこっていた。
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そしてある日、理性が完全にかれらの脳を支配した。ふよふよの誰もが、喜ばず、怒らず、哀しまず、楽しまなかった。
争いはなく、変化もなく、毎日がたんたんと進んだ。
この平和は未来永劫続くかと思われた。しかし、かれらは、
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