消しゴム落として
創作速度練習用作品です。
お題:「消しゴム」「図書室」
制限時間:50分
「消しゴムを落とした?」
下校中、後輩の千咲が忙しなくバッグの中を探してると思ったら、突然そんなことを言い出した。
「多分、図書室で先輩と勉強している時に落としちゃったんだと思います……私、戻ります!」
「待て待て。もう遅いし、消しゴムくらいなら俺が貸してやるから」
貸すどころか、消しゴムくらいならあげてしまってもいいくらいだ。しかし千咲は、
「いえ!ダメなんです!あれは特別な消しゴムで、明日探すんじゃ遅いんです!」
と言って、来た道を戻り始めてしまった。ああなると千咲はもう止まらない。
「分かった。じゃあ戻ろう」
「先輩にまで迷惑はかけられません。私一人で大丈夫ですから、先に帰ってもーー」
「こんな遅い時間に女の子1人で歩かせられるか。ちゃんと駅まで送らせてもらうぞ」
そう言うと、俺は千咲の前を庇うようにして歩き出す。後ろで千咲が小さく「あ、ありがとうございます……先輩」と照れながら言っているのが聞こえた。
ーーーーーーー
学校に着くと、ちょうど警備員さんが図書室を閉めようとしていたところだった。千咲と俺は警備員さんに無理を言って図書室を開けたままにしてもらい、「他の教室の戸締りを確認して、再び最後に戻ってくるまで」という条件で中に入れさせてもらった。
日はすでに落ち、暖房もついていない図書室は流石に寒い。電気をつけると千咲はダッシュで消しゴムを探しにいった。よほど特別なものらしい。気合いを入れて、俺も探すのを手伝うことにした。
しかし、どれだけ探しても消しゴムらしいものは見つからない。誰かが持って行ってしまったのだろうかと思い始め、そう言えばどんな消しゴムなのかを千咲に聞いていなかったことに、今更気づいた。
「なぁ千咲。消しゴムってどんなやつだ?メーカーとか分かる?」
「いえ!水色の小袋を探してください!」
「は?」
なぜ小袋?と疑問に思ったその時、「あったーーーーーっ!!」と千咲の心からの安堵の声が図書室中に響いた。
「よかったー!盗られちゃったかと思ったぁ」
千咲の声がする方へ行くと、水色の小さな小袋を大切そうに抱え、しゃがみこんでいる姿があった。どうやら見つけたらしい。ホッとすると同時に、俺は当然の疑問を千咲にぶつける。
「ていうか、消しゴムじゃないじゃん。なんだそれ?」
「……中身は消しゴムですよ。でもこれは、」
千咲は立ち上がると、俺の顔をじっと見つめて、おもむろに小袋を差し出してきた。
「え?」
「これは、私からの、先輩へのエールです」
寒いはずなのに、頬を朱に染めて、千咲はそう言った。
驚きながらも、小袋を受け取り中身を取り出す。中には大きな消しゴムが入っていて、ケースの表面には
『必勝!合格!!』
『私のパワーを先輩に注入!!』
と、派手にデコレーションされて書かれていた。
「明日、第一志望の受験日だから……先輩に、どうしても渡しておきたくて」
明後日の方向を向き、さらに朱色に染まっていく千咲に、俺は正直心を奪われそうになった。
「あ、ありがとな。その……嬉しいよ」
つっかえながらもなんとかそう言った。でも本当に言いたいことはこれじゃない。一呼吸おいて心を落ち着かせる。「千咲」と声をかけた。彼女がこっちを向く。そのタイミングで、言ってやった。
「必ず、合格してくるから。そしたら俺、お前にーー」
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数ヶ月後、俺が千咲と手を繋いで、掲示板に自分の受験番号を見つけることができたのは、言うまでもない。
とても短い短編でしたが、ご愛読ありがとうございました。