怪獣大炎上
注)文中に何かの壮絶なネタバレがあります。
「わかっている……! この男、本当にわかっている……!!!」
聖痕十文字学園理事長、冥条獄閻斎は、映画館のスクリーンの前で思わず感嘆の声を上げた。
孫娘の琉詩葉にせがまれて、巨大ロボ映画『アトランティス・リム』を観るためにシネコン『ワーナーマイカル・多摩センター』までやってきたのである。
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正直映画を見るまで、テレビや宣材で露出していたそのロボットの姿を知っていた獄閻斎は完全にテンション低めであった。
「何じゃあのロボは! キャノンのないガンキャノンとな! ただのガンじゃねーか! ぬるいわ~~~!」
そんな舐め切った態度の獄閻斎であった。
だが……! 開巻十分で、早くも獄閻斎の目は銀幕に釘付けだった。
怪獣の見せ方の格好良さ。巨大ロボ『猟機兵』の出撃シーンの何と心燃える事よ。
パイロットが二身一体で心を重ねてロボットを操縦する設定もいい。
各国代表の猟機兵達がそれぞれのお国柄を生かした技で戦うのもいい。
日本代表『マツモトⅩⅣ』が斬艦刀『ムラマサ』で甲殻怪獣を一刀両断にするシーンは鳥肌が立ったし、ロシア代表『ヴォヴァレフスキヰ』が身の丈程もある重力戦鎚でナメクジ怪獣を叩き潰す場面も最高だった。
中国代表『焔龍神』の振り回す無限電磁三節棍やフライング・ギロチンアタックもたまらないものがある。
無人の東京でいたいけな女の子を怪獣が追いかけ回す場面があるのもポイントが高いし、死病に冒された長官が最後の戦いに単騎撃って出る場面は、もう劇場で叫びそうになるくらい燃えに燃えた。
『チェンジロボ3-ダークオブザムーン-』を見終えた時のガッカリ感と監督への怨嗟も、今となっては優しーい気持ちで許容できる。お前はもういらん!
デロデロ・トロトロ監督は、実に信頼のできる漢だ。前作『地獄小僧2』も素晴らしい映画だったが、今回はもう直球がドストライク。神の出来だ。多摩川映画祭で出会ったら、全力でハグハグしてやらねば。
そう心に決めた獄閻斎であった。
ここまでわかっている作り手なのだから、制作中の続編では是非、『冷凍怪獣』や『四次元怪獣』や『忍者怪獣』や『通り魔怪獣』も出してほしい。
各国の猟機兵もパワーアップさせて、怪獣の攻撃で爆散する爆発反応装甲の内側から本体を現わした主役機『デンプシースレイガー』の無痛銃剣が怪獣を串刺しにしながら瞬時にその体を蜂の巣にして消し飛ばすシーンや、『焔龍神』の六本腕で炸裂する阿修羅百裂拳が怪獣を空中で釘付けにしながら爆砕するシーンも欲しい。
両肩に搭載した太陽炉で機体を量子化させて四次元怪獣と渡り合う機能は必ず実装するべきだし、やっぱりクライマックスは宇宙戦しかないだろう。
猟機兵のパイロットにはツインテールの眼鏡っ娘(私服はゴスロリかメイドさん)を追加してもらえると更にポイント倍増である。
最後の戦いは主人公のかつての師で、敵方に寝返った功夫の達人が搭乗する香港謹製の最強ロボ『黒龍大王』との激突で、壮絶に盛り上げてもらいたい!
ホワホワとそんな妄想を満開にさせながら、獄閻斎は幸せな気分で孫娘と家路についた。
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「バニシング・フィストぉ!!!」
その夜。大邸宅冥条屋敷の一室。
獄閻斎に負けず劣らず、すっかり映画に感化された琉詩葉が、主役機『デンプシースレイガー』の爆熱拳の名を叫びながら畳の上をゴロゴロ転がり回っている。
映画館からの帰りに購入した7インチ・アクションフィギュアで遊んでいるのだ。
「まったく中学二年生にもなって……! まだまだ子供じゃのぉ……」
口ではそう言いつつも、生温かい目で孫娘が遊ぶ姿を見つめる獄閻斎。
ん……? 老人はふと、孫娘に買い与えた玩具に目を遣った。
彼は畳に転がった猟機兵の一体、『焔龍神』のアクションフィギュアを拾い上げた。
「う~ん……」
フィギュアをまじまじ眺めながら、獄閻斎が呻吟。
「なんか……コレジャナイ……」
老人の表情は微妙だった。
米国産の、そのPVC製アクションフィギュアは、確かに玩具としては良くできていた。
各種機体と怪獣のフォルムをよく捉えて、関節の可動範囲も広くプレイバリューに優れている。
だが……獄閻斎は納得いかなかった。猟機兵の装甲板に施されたモールドは緩いし、タンポ印刷によるマーキングもイマイチ大味。
突起部や銃剣の類は、子供の安全を考慮した軟質素材で出来ておりディテールも甘くて触るとフニャフニャである。
老人の胸にメラメラ燃え上がったロボット魂は、このような出来のフィギュアではどうしても不完全燃焼。一酸化炭素中毒を起こしかねなかった。
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そんなわけで翌日。
「ぐふふ……流石ジャングルさん。発送が早いわい!」
冥条屋敷のガレージに籠って、一人悦に入る老人。
作業机の上に鎮座しているのは段ボール箱に収まってジャングルから発送されてきた、巨大な複合素材モデル組み立てキットだった。
『アルティメット・メタルグレード』デンプシースレイガー。
世界に冠たるキャラクター模型メーカーの雄、アダタラ・ホビー事業部の放った、この『超』上級者向けグレードは、あらゆる意味で既存のロボット模型玩具の概念を打ち破るものだった。
1/144スケール、全長60cmに達するダイキャスト製半完成品の金属製内骨格。
各関節に詰め込まれた真鍮削り出しによるシリンダーパーツは計800対。人体の構造をトレースしつつ関節の動きに連動して精密な伸縮可動を実現している。
この、鈍器と呼んで差し支えないメタルフレームに外部装甲を装着させていく工程が購入者による作業部分であるが、フレームが出来上がっているから組み立ては容易と判断するのは初心者の早計である。
『ムーバブル・チョバムアーマーシステム』
表皮に該当する第一装甲板から筋肉組織に該当する第五装甲板までが全て別構造で再現されたこの仕様は、関節の動きに連動して全階層の装甲板が別個に展開、スライド可動するという、設計者の正気を疑うような組み立て様式である。
パーツ数は優に一万点を超え、その定価は実に¥150,000(税別)!
巨大メーカーによるマスプロ玩具としては超弩級のその価格は、模型愛好家の間にも否応なく可処分所得によるプラモ階級格差を突きつけ、巨大掲示板模型板住人を中心とした一部ネットユーザーに激烈な反応を喚起して一時は発売中止運動まで巻き起こしたという、いわくつきの逸品ではあるが、趣味の為なら金に糸目はつけない獄閻斎は燃えるロボット魂で何の躊躇も無くそれを購入したのである。
「ふふふ……! 前回の轍は踏まんぞ!」
『ヴルヴルヴァルヴ』組み立ての時の反省を生かして今回は換気も万全。
着流しの老人は沸々たる闘志を燃やして、この超ハイエンドユーザー向け模型玩具と対峙した。
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それから七日間。邸内のガレージに引き籠った獄閻斎は、不眠不休で最強の敵『デンプシースレイガー』と対峙した。
ガレージに灯ったあかりは、七日と七晩、ついに消える事は無かった。
そして七日目の夜。
「ふう……。ようやく! 九割方完成じゃ!」
老人は、そう言って満足そうに作業机を見渡した。
机の上には、外部装甲の塗装とマーキングまで完璧に出来上がった『デンプシースレイガー』が大見栄を切る姿。
だが、これで九割方とはどういうわけだろう?
「あとは、こいつさえ出来上がれば……!」
獄閻斎は、机上で巨大ロボと対峙する異形の影に目を遣った。
……これはいかなることか。
『デンプシースレイガー』と向き合っているのは刀剣状の頭部を振りかざした真に迫った造形の怪獣模型。
『刃頭大悪獣バギロン』
映画の中盤で主役機と大立ち回りを演じる敵方怪獣の一体である。
だが何故だ? このスケールの『デンプシースレイガー』と対になる敵方怪獣の模型など、どのメーカーからも発売されていないはずである。
「くくくく……我ながら、なかなかの造形じゃ……」
老人はそう言って不敵に笑い、足元に散らばった石膏粘土の包みや、ミリプット・エポキシパテの包み紙を見下ろした。
完全新規造形である。
恐るべきは獄閻斎の超絶技巧よ。
若い頃は『カイジューの凛ちゃん』なる異名で、老舗ガレージキットメーカー『深淵堂』の様々な怪獣ソフビの造形を手掛けてきた、凄腕原型師の獄閻斎だ。
いかに『アルティメット・メタルグレード』が素晴らしいクオリティを誇るといっても、ただの一体で「バニシング・フィストぉ!!!」とか叫びながらポーズをつけても、どこか虚しいものである。
そう思い至った獄閻斎は、ロボの組み立てと並行して、対決する怪獣のフルスクラッチをも進行させていたのである。
「さてさて……今度ばかりは琉詩葉もグウの音も出ぬはずじゃぞ! あとはこいつが『乾く』のを待つだけ。どれ今日はもう休むとするか……」
七日に及ぶ戦いで流石に疲労困憊したか。着流しの老人はガレージの灯りを消すと、庭に出て、自分の書斎に歩きだした。
じーーー……!
庭園の物陰からそれを窺う、謎の黒い影があった。
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「まったくお祖父ちゃん! あたしに隠れて何してるのかと思えばぁ!!」
ガレージに忍び込んだ影が、獄閻斎の『戦果』を見つけると歓喜に震える声でそう言った。
影の正体は、琉詩葉であった。
「すげ~! こーいーつはカッコいいぃ!」
燃える紅髪を震わせながら、作業机に並ぶロボと怪獣をうっとり眺める琉詩葉。
「ちょ……ちょっとだけ動かしてもいーかなぁ」
堪え切れずに琉詩葉が『デンプシースレイガー』に手を伸ばしかけた、その時、
「ん……?」
彼女は、机に転がった電源とスイッチ、それとコードに気付いた。
「何これ……?」
電源とスイッチは複数のコードで怪獣のボディに繋がっているのだ。
「どれどれ、ポチッとな!」
ボタンがあると盲目的に押してしまう性癖のある琉詩葉が、脊髄反射でスイッチを入れた。すると、
ぱっ!
怪獣のボディに、あかりが灯った。
「ふお~~~! すげ~~~!」
感嘆で息を飲む琉詩葉。
電飾である。これが、獄閻斎が『バギロン』に仕込んだ、仕掛けであった。
映画劇中でも印象的な、怪獣の体表を彩る燐光を再現するため、ボディの内部に数百個の豆電球による発光ギミックが仕込まれていたのである。
「うーーん、お祖父ちゃんて、もしかして凄い人?」
陶然と怪獣を見つめて、一人そうつぶやく琉詩葉。だがその時。
ぼちゅっ!
ガレージに響いた鈍い異音。
怪獣のボディが、一瞬、倍ほどに膨れ上がると、内側から、ぐちゃっと爆ぜたのである。
半乾きの石膏粘土の内側で発光した数百個の豆電球が、その熱で水分を膨張させ、ボディを爆発させたのだ。
「どぎゃぎゃぎゃ~~~~!!! やばい~~!!!」
琉詩葉の顔が恐怖で竦んだ。
模型の鬼、獄閻斎の七日七晩の戦果を、一瞬で台無しにしたのだ。
怪事はそれだけに止まらなかった。
ぼわっ!
作業机の下のゴミ箱が、突如真っ赤な炎を噴き上げた。
爆発の勢いで砕けて飛んだ豆電球の一豆が、まだ溶剤の揮発しきっていないチリ紙を溜めたゴミ箱に飛びこむと、その灯がチリ紙に引火したのである。
「わぎゃぎゃぎゃ~~~~!!!」
パニックに陥った琉詩葉が、涙目でガレージから逃げ出した。
「どうした! 琉詩葉!」
「で……でへへ! ごめんなさい! お祖父ちゃん!」
悲鳴を聞いて、駆けつけた獄閻斎が目にしたのは、冷や汗を垂らしながら紅髪を揺らして頭を下げる琉詩葉と、ロボと怪獣ごとメラメラ燃え落ちていく彼のガレージだった。
「わ……わしのスレイガー……! バギロン……! る~し~は~~!!!!」
普段は孫に大甘な老人の目に、ドス黒い模型鬼の憤怒の炎が燃え上がった。
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その後、琉詩葉は三日間座敷牢に放りこまれ、僚機を失って真っ白に燃え尽きた獄閻斎がガレージを再建して次なるライバル『アルティメット・メタルグレード』マツモトⅩⅣをジャングルから取り寄せるまで、一ヵ月のリハビリを要したのである。
初心者が!ヽ(`Д´)ノ ヒトが造ってる最中の模型を不用意に触ると思わぬ危険を招くから気をつけよう!
てゆーか、組み立て中のガンプラをペタペタ素手で触るのはマジやめてください!ヽ(`Д´)ノ






