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明房高校の恋物語

焼きそばさんとコロッケ少女

作者: こまこ

月曜日。

「よ、コロッケ少女。あれ、今日は杏仁豆腐か」

「はい。プリンが全部売り切れちゃってて」

「そ。俺は杏仁豆腐どうも苦手なんだよなあ。じゃあな!」


火曜日。

「あれ、焼きそばさん。今日は遅かったですね」

「おう、授業が長引いたんだ。いざ戦場へ!またな!」


水曜日。

「おう、コロッケ少女。水曜日は弁当じゃなかったか?」

「母が出張で・・・」

「自分でもたまには作ってみれば?」

「無理です」


木曜日。

「焼きそばさん!それって!」

「おう、オムそばよ!授業が五分早く終わったんだ。すげーだろ」

「すごいです!一日十個限定のオムそば!食べたい!」

「やーだよ。ま、せいぜいこれから頑張りたまえ」

「けちですね!」


金曜日。


「・・・もういい加減に諦めなよう、せいら」

「も、もうちょっと!もうちょっと!」


だって今日はまだ、会えてないんだもん。焼きそばさんに。

焼きそばさん、コロッケ少女というのは、私と彼の間でのお互いの呼び名。

もちろん私はコロッケ少女だなんて名前じゃなく、原せいらというちゃんとした名前があるのだけど。


半年くらい前のこと。

それまでずっと母親にお弁当を作ってもらっていた私だけど、その日は母親が用事があって作ってもらえなかった。

私はかなりの料理下手で、唯一上手にできるのが目玉焼き。そんな私が自分一人でお弁当を作るなんて無理な話。だから、人生で初めて購買というものを経験したの。

情報を何も仕入れずに行ってみたら、そこは購買という名の戦場でした。

その戦場に立ち向かう勇気を奮い起こし、何とか買えたのがコロッケパン一つ。もう、押され押されで選んでいる余裕もなく、手にしたものがそれだった。

お金を払って、どうにか人の波をかき分け、あと少しで集団から出られるというところで、誰かの足につまずき、

――――――転びました。


床に手をつく直前、持っていたはずのコロッケパンが近くに立っていた男子の顔に激突するところが見えた。ひえええ!

絶対怒られる!と思ったけれど、私のコロッケパンをぶつけた男子は、特に怒ることもなく、私の腕を引いて助け起こしてくれた。

今思い出しても顔から火が出そうになるくらい恥ずかしかったわ。

そう、もう分かるでしょ、そのコロッケパンが激突した男子、それがその時焼きそばパンを持っていた焼きそばさんなのです。

あれから、なんだか焼きそばさんが気になって、お母さんに水曜だけお弁当にしてもらって、あとは購買で買うようにした。

焼きそばさんはいつも購買みたいで、意識し始めたらよく見かけるようになった。

何がきっかけだったかは忘れたけれど、少しずつ話をするようになって。といっても、一言二言の会話なんだけど。

お互いの呼び名はコロッケ少女と焼きそばさん。

今更名前を聞くこともできないし、焼きそばさんは気にしていないようだから、まあいいかとそのまま呼び続け、定着した。

内履きの色が青色だから、私よりも二個先輩だと分かる。

分かるのはそれだけ。

でも、こんな不思議な関係をなかなか自分でも気に入っているんです。


「ねえ、もうあと十五分で予鈴鳴るよ。もうお腹限界だよー」


今日は珍しく月曜日から木曜日まで会い続けられたから、もしかしたら今日も会えるかも!なんて思って待ち続けたんだけれど。

でも・・・残念、奇跡は起こらなかった。


「ごめんね純ちゃん、先に教室戻ってて。私飲み物買ってから行くよ」


仕方ないよね。お昼ご飯食べる時間なくなっちゃうもんね、と自分に言い聞かせて。

購買に着いてすぐに買ったパックジュースは待ち続ける間に飲み終えてしまったので、仕方なく体育館裏にある自動販売機へと急ぎ足で向かう。

ああのど渇いた。選んでる時間ほとんどないよね、りんごジュースかオレンジジュースにしようっと。

そんなことを考えながら歩いていくと、少しずつ自動販売機が見えてきた。


・・・・・・あれ?

自動販売機の先客が二人。時間掛かると嫌だなあ、早く選んでくれないかなあ。私まだお昼ご飯食べてないんだよね。

そう思いながら近づいていくと、一人は見覚えがある顔をしていた。

だってその人は、私が今の今まで購買で待っていた、


「・・・焼きそばさん・・・」


だったのです。そして、一緒にいるのは、背の小さな可愛い女の子。

二人で笑いながら、ジュースを選んでいる。


ああ、なんだか・・・・・・。


そんなに近い距離ではないから、二人は私に気がついていないだろう。

背を向けて、全力疾走で教室へ戻った。


教室に着くと、もう純ちゃんはご飯を食べ終える頃だった。

結局飲み物を持たずに帰ってきた私を見て、不思議な顔をする。


「・・・せいら?どうかした?」

「・・・何でもない。お昼、急がなくちゃね!」


私は無理矢理笑顔を作って、コロッケパンを食べ始めた。

物言いたげな視線がびしびし突き刺さってはいるけれど、ごめん、自分でもよく説明できないんだよ。

純ちゃんもそれ以上無理に聞いてこない。

ごめんね、気を遣わせちゃってるね。ありがとう。

ああ私ったら、どうしちゃったんだろう。







「んー!終わったー・・・」

「午後の古典は無理だね」

「うん、もう無理無理!耐えられない!先生も自分で眠くならないのかなあ」

「あは、先生も実は眠気こらえてるのかもね。よし、部活行こ!」


純ちゃんが勢いよく立ち上がる。

私と純ちゃんは美術部。純ちゃんとこれだけ仲良くなったのも、部活のおかげ。

純ちゃんは水彩画が得意で、私は油絵が好きなんだよね。まあ、私の腕はそんなに良くはないんだけど。

私も純ちゃんに倣って立ち上がろうとし、ふと足下に落ちたプリントを見やる。


「あ」

「何それ?」

「先生にプリント渡してくれって頼まれてたんだった、ごめん、先行ってて!」

「プリント?」

「うん、図書委員の。当番表なんだけど、ちょっと間違っててさ、直したら先輩に渡してくれって言われて」

「ふうん、じゃ、先行ってるよ」

「ごめんねー!」


純ちゃんが教室を出たところで、私も急いで鞄に荷物を詰め込みプリントを持って三年生の教室へ。

先輩は三年生なのです。

先輩たちの教室へ行くのってドキドキするよね。緊張してちょっとだけ汗が出ちゃう。

3年7組の教室をこっそりのぞき見ると、あ、いたいた。

お友だちと一緒みたいだけど、呼んでも良いかなあ。私も部活があるし、用事は早く済ませたい。


「美澄せん・・・ぱ、」


私の声を聞きつけてくるりと振り返った美澄先輩。

一緒にいたお友だちも二人、振り返る。

美澄先輩は私に駆け寄りながら、何事か話してくれているけれど、私の耳には入らないし私の目にも美澄先輩は映らない。

なぜって?だって・・・。


「あれ、コロッケ少女じゃん」

「・・・焼きそば、さん・・・」


購買で会えなくて、自動販売機の前で女の子と笑っていた焼きそばさんが。


焼きそばさんが立ち上がって、近づいてくる。

ああ、だめだ。逃げたい。


「ごめんなさい!逃げます!」

「え?」


聞き返したのは美澄先輩か、焼きそばさんか。

もうそんなことも分からないくらい気持ちもいっぱいいっぱいで、全力で廊下を疾走した。







「は、はあ、はあ、は、あ・・・」


も、だめ・・・。私、文化部なんです。走ったりなんて、体育くらいでしか機会がないんです。

気がつけば体育館裏のあの自動販売機の前にしゃがみこんでいた。

ああ、よりにもよってどうしてこんなところに来てしまっているんだろう。

嫌なことを思い出したくなんてないのに。

・・・嫌なこと?何で嫌なんだろう?ああ分からない。自分が分からない。


「せいらちゃん」

「ひゃあっ」


突然のことに驚いて振り仰ぐと、美澄先輩が息を乱して私をのぞき込んでいた。


「み、美澄先輩・・・」


どうして、と言いかけたけど、そうだよね、先輩って呼びかけておいて逃げてきたのは私。追いかけられて当然の状況だよね。


「あの・・・私に、何か用事だったんじゃないのかな」

「は、はい、あの、先生からプリントを預かってて」


プリントを差し出す。ああ、握りしめてぐちゃぐちゃになってる。恥ずかしい。

でも美澄先輩はそれについては何も言わず、ありがとうと言いながらにこりと笑って受け取ってくれた。


「・・・あの、聞かないんですか」

「何を?」

「え?えっと・・・あの・・・さ、さっきの・・・」

「さっきの?・・・ああ、じゅん」

「だ、だめです!」


思わず美澄先輩の口を押さえる。


「だめです!な、名前を言っちゃだめ!」

「も、もうひへ」

「私、焼きそばさんのことなんか知りたくない!名前も、な、何年生かは分かっちゃったけど、他の色々なこと、知りたくないんです!」

「へ、へいらひゃ・・・」

「い、言わないで!」

「・・・そろそろ離してやった方がいいんじゃないか?」

「え?」


第三者の声がして、振り向くと、とても格好良い男の人がいた。そういえばさっき先輩と一緒にいたような・・・。


「手」

「手?・・・あっ、ごめんなさい!」


思い切り押さえていたみたいで、口と鼻の周りが赤くなっちゃった美澄先輩。

苦しかったのか、少し涙目になっている。

うう、すみません!ごめんなさい!

頭を思い切り下げて謝ると、ぽんぽんと肩を叩かれた。

顔を上げると、まだ顔が赤い美澄先輩がいつものように微笑んでいる。


「ねえ、『焼きそばさん』だっけ、・・・彼のことを知ってるんだね」

「え、は、はい」

「どうして『焼きそばさん』なの?」

「・・・出会ったときに焼きそば買ってたからです」

「そっかあ。じゃあ、『コロッケ少女』っていうのも、せいらちゃんがその時にコロッケパンを買っていたから?」

「はい」


美澄先輩は変わらず微笑んでいる。

その微笑みを見ていると、次第に私の心も落ち着いてきた。


「『焼きそばさん』のことを知りたくないのはどうして?」

「・・・わ、分からないですけど、でもなんだか嫌なんです」

「名前も、部活も、性格も、お友だちも、彼についてのこと、全部知りたくないの?」

「・・・はい」

「そっかあ。・・・せいらちゃんは、『焼きそばさん』のことを知って、『焼きそばさん』が『焼きそばさん』じゃなくなるのが怖いんだ」



「彼のことが好きなんだね」



ほわほわと笑っている美澄先輩。

先輩の静かなその声音で言われて、その言葉がすとんと心に落ちてきた。


「・・・そう、なんでしょうか」


ああ、だからか。

だから、自動販売機の前で女の子といる焼きそばさんを見て、嫌だなと思ったんだ。

あれは嫉妬だ。

不思議と心は静かで、そんなまさか、なんて否定しようとは全く思わない。


「焼きそばさんのことを知って、あの人が焼きそばさんじゃないって思うことが怖かったのかもしれません」

「うん」

「だって私にとって彼はいつも焼きそばさんで」

「うん」

「焼きそばさんとコロッケ少女としてこれまで関係を作ってきたのに、焼きそばさんが焼きそばさんじゃなくなったら、その関係まで壊れてしまうと思った・・・」

「そっか」

「でも、今日のお昼に女の子と話しているのを見て、ショックでした。焼きそばさんじゃない、普通の男の人だっていう場面を見てしまったことも、・・・女の子と仲良さそうだったことも嫌でした」

「うん」

「焼きそばさんなんて名前じゃないってもちろん分かっているんです。分かっているんですけど、コロッケ少女だから話しかけてくれる、大丈夫な関係なんだって思ってしまったら、もう・・・」


関係を壊すのが怖かった。話せる関係でなくなってしまうのが怖かった。焼きそばさんとコロッケ少女でなくなったらお互いに話しかける理由がなくなってしまうと思ったら怖かった。

でも。


「焼きそばさんはやっぱり三年生なんですね。・・・卒業して、もう会えなくなっちゃうんだ・・・」


一番怖いのは、会えなくなること。手が届かない存在になってしまうこと。


「彼女までいて、焼きそばさんなんかじゃない本当の彼は、やっぱり私の手の届かない存在なんだ・・・」


自覚したら彼女がいて。しかも、三年生だろうと思ってはいたけれど、それがようやく現実味を帯びてきた。

うつむいてぎゅっと手を握る。その上に、そっと、私よりも少し小さめの手が重なった。


「気持ちを伝えないの?」

「つ、伝えるだなんて・・・」

「あのね、せいらちゃん」

「・・・はい」

「『焼きそばさん』に逃げちゃだめだよ。私は二人の関係は詳しく分からないけれど。伝えることで関係はきっと違ってくる。でもね、関係は、『壊れる』んじゃなくて、『変わる』んじゃないかな」

「・・・・・・」

「変えた結果が納得がいかないものだったら、また変えればいい。それはとても勇気が要ることだけど、だからって逃げてしまえば、もっともっと気持ちが苦しくなるような気がするの。どうするかはせいらちゃん次第だけど・・・」

「・・・・・・」

「私、せいらちゃんのこと好きだもの。だから、後悔はして欲しくないんだよ」

「・・・美澄先輩・・・」


思わず、涙腺が緩んでしまう。

伝えても大丈夫なのかな。伝えることはやっぱり怖いけど、でも背中を押してくれる人がいる。

卒業して会えなくなって後悔するのは、私だって嫌だ。


そう、そうだよね。関係を変えるのを怖がっていたら何もできなくなっちゃう。

それに、これは怖いだけのことじゃなくて、開き直ってしまえばもしかしたら楽しいことなのかもしれない。

がんばります、と先輩に伝えようと顔を上げる。

でも、私が伝える前に、先輩はさっきの男の人に話しかけられてしまった。


「・・・そうだな」

「遼太郎くん?」

「じゃあ、俺たちも『変える』か?」

「え?」

「・・・・・・何でもない。ほら、そろそろ行くぞ」

「え?え?・・・あ、うん、待って」


遼太郎くんと呼ばれた男の人に連れられて一度遠ざかってしまった美澄先輩、でも途中で引き返してきた。

そして、私の耳にこそっとささやく。


「『焼きそばさん』ね、可愛い妹さんが二年生にいるんだよ。知ってた?」

「えっ?」

「あ、あとね、最近お昼ご飯よりも購買に行くことを楽しみにしてたの。何でかなあって思ってたんだけど」


にっこり。だからがんばってね、と私の手をもう一度ぎゅっと握って、少し離れたところで待っている男の人の方へ今度こそ駆け寄っていった。

妹さんがいる?だから、って何だろう。先輩は何が言いたかったんだろう。

首をかしげてその後ろ姿を見ていると。


「あいつらもずっとあの調子なんだよなあ。人のこと言う前にまずは自分のことだろーよ」

「えっ」


振り向くと、焼きそばさんが腕組みをして立っていた。

視線が私に移る。縫い止められたように、私の視線も焼きそばさんから動かせない。


「逃げます、って逃げるの、面白かったぜ」

「あ、あの、あの」

「昼のあれは、あれだよ、妹が財布忘れてジュースおごってただけ」

「・・・・・・妹、さん」

「そ。・・・なあ、俺の名前、まだ知りたくない?」

「・・・え?」

「今ならもれなく、卒業後も一緒にいられる権利もついてくるけど」


お買い得だろ、とにやりと笑った焼きそばさん。

私がなんて返答したかって?

それはもちろん・・・いえ、恥ずかしいのでご想像にお任せしますね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まず絵本のような不思議なタイトルにインパクトがありました。読み始めたら心情を中心とした描写と会話のテンポが面白かったです。 [気になる点] あくまで主人公の気持ちだけを描写しているので、そ…
2012/05/14 17:34 退会済み
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