思いは純真なままに∀
「お帰り、ニア」
森の奥、木漏れ日も射し込むかどうかというような場所で、老婆が言った。
老婆の目の前には薄い鮮やかな黒髪をもったニアが立っていて、首から下げていたペンダントが風に揺れると胸の中にしまいこみ、右手にもった薪の束を老婆に差し出した。
「ニア、もうすぐ日が暮れます。この辺は少しでも太陽が沈むと闇しかのこりません。季節もそろそろ秋になるし、明日からはもう少し早く帰っておいで」
ニアは老婆の言葉に首をたてにふると、
「はい。――師匠」
と言葉短く切った。
先程まではあった木漏れ日も、太陽の傾きと共にすぐに消え静寂な闇が森を支配する。二人は家の中にある暖炉の前に向き合うように並んで座ると、老婆のいれたホットミルクを飲みだした。
ニアが静まり返った部屋を濁すように、ポツリと喋る。
「……師匠。私は明日にでも出立しようかと思います」
「そうですか。あなたがここに来てから何年程経ちましたかねぇ――」
「今日で、丁度10年になります」
抱えていたホットミルクへと老婆は目線を下げると、コップを軽くもてあそぶように持ち直し、目線だけはホットミルクに向けたまま言った。
「ニア――。復讐は、なにも生みませんよ?」
「――師匠、私は復讐などするつもりはありません。ただ、私と同じような境遇の人間を増やしたくないだけです。――それに、一番最初に私が師匠にいった言葉、あの時なら師匠はそれを止めることもできたはずです。でも、それをしなかった。いや、しないどころか、私の言葉を聞き入れてくれた。その師匠がなぜ、いまさらになってそんなことをおっしゃられるのか、理解しかねます」
老婆はゆっくりと目線をニアへと向ける。
「ここで二人静かに暮らしませんか?」
ニアはゆっくりと首を横に振る。
「そうですか……。ならば私は、あなたが間違った所へたどりつかないことを祈りたいと思います」
「祈る必要などありません、師匠。私の力は守るべき者のために使うと、この胸に誓ってますから」
そうニアは言うと、席を立ち上がり老婆へと背をむける。
「では、私は用意がありますのでこれで失礼します」
遠ざかっていくニアの背中を老婆は見送ると、深いため息をひとつ吐き、ゆりいすにもたれかっかった。