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4話・パン屋のご主人が言うには


「婆ちゃん、捜したぞ。ここにいたのか?」


「ステパン!」


「俺はステパンじゃない。息子のダニールだ」



 そう言いながらパン屋の主人ダニールが現れた。中年男性で体格の良いダニールは、茶髪にこげ茶色の瞳をしている。ほっそりした母親のスターシャとは対照的な体つきをしていた。



「婆ちゃん。しっかりしてくれよ。ノアールさま。すみません。うちの婆ちゃんが何やら絡んでいたみたいで」


「いや。構わないよ」


「青金さま」



 その場で聞いていた者達は、ダニールの言葉で、スターシャが普通の状態はないと察したのだろう。周囲の者は目を逸らし始めた。ダニールはスターシャがノアールの服の裾を掴んでいるのに気が付き、その手を外させようとした。



「婆ちゃん。何をしている。その手を放すんだ。失礼だぞ」


「嫌だ。青金さまには……」


「だから違う。このお方は青金さまじゃない。手を放せ」


「ここでは一目を引く。一緒に店に戻ろう」


「すみません。そうして頂けると助かります。婆ちゃん、何しているんだよ……」



 スターシャは一向に手を放そうとしなかった。声を荒げそうになったダニールを見かねてか、ノアールは提案した。ノアールが歩き出すとスターシャもついて行く。私はその後をダニールと続いた。



「サーラちゃんも悪かったね。ノアールさまと生誕祭を見に来ていたのだろう?」


「気にしないでください。お婆さん、どうしちゃったのですか?」


「ああ。婆ちゃんはいつもこの時期になるとおかしくなるんだ」


 

 スターシャは80代と高齢だが、矍鑠(かくしゃく)としていて普段は店頭に立って仕事をしていた。そのスターシャの異変に驚いて訊ねると、ダニールはため息を漏らした。店に戻るとお店のドアはcloseの札が掛けられていた。



「戻ったぞ」


「お帰りなさい。婆ちゃんは見つかった?」


「ああ。広場の噴水前のベンチにいたよ」


「よかった。婆ちゃん、お帰り」



 ダニールが店の奥に声をかけると、奥からバタバタした音がして、ダニールの妻のカーチャが顔を出した。カーチャはふくよかな体つきをしていた。その彼女は私達も一緒とは思わなかったのだろう。驚いていた。



「ノアールさま。それにサーラちゃんも。一緒だったの?」


「婆ちゃんがまた、おかしくなっちまってさ。ノアールさまの服を掴んで離さないんだ」


「それは迷惑をおかけして申し訳ありません。ノアールさま。サーラちゃんも済まないね」



 店には壁際に椅子が二脚置いてあって、その一つにスターシャを腰かけさせたが、それでもノアールの服の裾を掴んだまま放さなかった。ダニールは参ったよと、カーチャに言った。



「どうしたものかな?」


「もしかしたら……」


「何か方法あるか?」


「ちょっとあれを持ってくるわ」



 カーチャは何か閃いたようで、奥の部屋に何か取りに行ってしまった。スターシャは憔悴した様子で項垂れていた。それはいつも元気な姿を見ているだけに気になった。



「ダニールさん。この時期になるとお婆さんがおかしくなると言っていましたけど、お婆さんがこうなる何か原因でもあるのですか?」


「それは……」



 私の問いかけに、ダニールはため息を漏らした。



「婆ちゃんは誕生祭が来ると、父のことを思い出すのです」


「亡くなられた方のことを?」


「皆にはそう言ってきましたが、実は正確には父は失踪したのです」


「失踪?」



 思いがけないことを聞いてしまったと、ノアールを伺えば彼は首を横に振る。彼も知らない事情のようだ。


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