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2話・ノアールは私にとって素晴らしい雇用主です


「先にどこ行こうか?」


「屋台が見たいです。沢山出ているのでしょう?」


「じゃあ、中央広場に行こう」



 ノアールと一緒に歩いていると、方々から視線を感じた。若い女性達の視線を彼が集めているのだ。でも、ノアールは一向に気にした様子がなかった。そればかりか背の高い彼が身を屈めて、「サーラ、どうした?」なんて聞いてくるものだから、彼との距離が近すぎてドキドキした。



「そう言えば、伯父さんは奥さんに会えたかしら?」


「職場まで迎えに行ったと思うから、大丈夫だと思う」



 王都に来て知ったことだけど、アコダの妻は女王護衛官を務めていた。王宮には王宮護衛官という警護の者たちがいて、王宮の警護はもちろんのこと、王族の護衛をしている。そのなかでも女王護衛官は特殊で、女王陛下の常に側に付き添い、何よりも女王の身の安全を優先する立場にあると聞いていた。陛下が女性ということもあり同性の護衛官が選ばれがちで、アコダの妻以外にあと二人いるそうだ。でも、その他の女王護衛官も誕生祭では休暇をもらうことになるらしい。



「女王護衛官が揃って休暇を頂いて大丈夫なの? もしも、何かあったりしたら……?」」


「大丈夫だよ。その間は最強の護衛がやってくるから」


「最強? 伯父さんの奥さんもかなり強いのでしょう?」



 私の伯父のアコダは竜人だ。その妻も竜人だと聞いていた。アコダもその妻も竜人の中でも特に武術に優れていて、アコダの妻は竜人族の王の推薦を受けて、女王の専属護衛になったとアコダから自慢のように聞かされていた。


 朝からそわそわしていたアコダを見ていただけに、伯父が奥さんと会うのを邪魔しようとは思わないけれど、ただ、女王陛下の誕生祭という日に、護衛官達が皆離れていいのかと疑問には思う。何もなければいいが、何かあったらどうするのだろう? 



「まあ、陛下にも色々あってさ。皆が邪魔しないようにしているのさ。さあ、あそこに美味しそうな串焼き屋台が出ている。食べる?」


「あっ。食べたい。烏賊と牛肉の種類があるのね」



 女王陛下直属の捜査官であるノアールは、何か知っていそうだ。彼の発言の中にあった、邪魔しないようにと言う言葉は気になったが、彼はその件に触れて欲しくなさそうだった。話題を変えるように屋台へと促され、そちらに気を取られて自分が言おうとしていたことは、どうでも良くなってしまった。


 ノアールが烏賊焼きと、牛肉の串焼きを一本ずつ購入してくれたので、近くのベンチに二人で並んで腰かける。牛肉の串焼きを彼に譲り、烏賊焼きの串を頬張ると故郷の潮の匂いが伝わってきたような気がした。



「小母さん達、元気にしているかな?」


「きっと、元気にしているよ。会いに行きたいかい?」


「会いたいけど……、今ではないと思っている。もう少し仕事に慣れた頃に行こうかな」


「そうか」



 ノアールは私にとって素晴らしい雇用主だ。集合住宅の一室を与えてくれて、衣食住には困らない生活をさせてもらっている。彼が登城するときは、陛下からの呼び出し=王命が下される時で、それ以外は自宅で書類仕事をしているそうだ。親が爵位や領地を持っているので、そちらから上がってくる収支の報告書や嘆願書などに目を通しているらしい。


 彼とはボーモン子爵の件で知り合った。彼は女王陛下の直属捜査官クリュサオル。女王陛下の直属捜査官というからには、常に国内を飛び回っているのかと思えばそうでもなかった。女王陛下の指示なしには勝手に動けず、それまでは貴族子息として家の手伝いをしているのだと言っていた。アコダはノアールのクリュサオルの仕事がない時には、王宮に赴いて護衛官達に剣術指南をしている。


 私と言えば何もすることがない。ノアールの彼の仕事の助手をするということで採用されたはずなのに。クリュサオルとして彼の出番がないのだから仕方ないのかも知れないけど、毎日暇を持て余して家事をさせてもらっている。初めのうちはノアールから、「きみはそのようなことはしなくてもいい」と、言われていた。でも、「このままでは単なる居候の身になるし、怠け者になりそうで嫌だ」と、アコダに相談すれば、「ノアールには一生かかっても食いつくせないほど資産があるから大丈夫だぞ」と、的外れな答えが返ってきた。


 アコダの話では、実は私達が住む集合住宅や、周辺の集合住宅の大家は彼なのだという。もとは彼の母親から相談があり、ある貴族が没落して屋敷だけが残ったがその処分に困っていると言われ、彼はその屋敷を買い取った。その屋敷は王都の中央にあった。そこでノアールは集合住宅として部屋を割り、貸し出すことにしたそうだ。すると王都で店を出したい者や、王宮官僚から問い合わせがあり、あっという間に部屋が埋まったのだと言う。


 それからノアールは、王都に空き家や空き地が出ると、集合住宅を建てて、貸し出すようにしたらしい。


 その収入だけでもかなりの収入になるので、仕事がなくとも生活には全く困らないぞとアコダは笑ったが、それを聞いてますます恐縮した。ノアールはやり手の実業家だったのだ。そんな彼に自分は寄生しているようにしか思えない。何か出来ることは……と、思っていた矢先、家政婦として通ってくれていた中年女性のビルナが、転んで足を怪我し、しばらく休むことになった。


 そこで彼女の代わりに家事をすると宣言してやり始めることになり、彼女が復帰してからも手伝いを買って出るようにした。今はそれが当たり前のようになってきて、時々ノアールからは物言いたそうな視線をもらうけど、何もしないのは性に合わないので無視している。


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