1話・嘘つき。わたしだけを愛していると言ったのに
〇サーラは18歳です。
不憫なヒロインです。
ザッザーン。ザザ……。
静かに波が押し寄せてきては引いていく。足元を攫う黒い波。満月が煌々と指す海は幻想的で目が離せなかった。眺めていると、どんどん波の向こう側へと、体が引き寄せられていきそうだ。
今晩は寝付けそうになかった。だから屋敷を密かに抜け出して来た。あてどもなく歩き続けてたどり着いたのは思い出の浜辺だった。この浜辺で私は彼と出会った。
その彼と恋に落ち、そして──、お嬢さまに奪われてしまった。今日、彼らは皆に祝福されて婚礼を上げた。
「嘘つき。わたしだけを愛していると言ったのに……」
悔しい思いがポロポロと涙になって零れ落ちた。目の前が霞む。
「もう、死んでしまいたい」
大切な家族だった父は10年前に亡くなっている。母親には疎まれ、お嬢さまには嫌がらせを受けてきた。愛する人を得て、ようやくこれで幸せになれると思ったのに……。ささやかな願いさえ、私には叶えられないらしい。
──お前なんて、死んでしまえばよかったのよ!
脳裏に10年前、父が亡くなった日に母が言い放った声が蘇った。父や私に無関心だった母が、初めて見せた感情は激しいものだった。父は嘆きの塔で起きた火事に巻き込まれた私を救い出し、亡くなった。それをどこかで聞きつけた母は、娘の無事を喜ぶどころか死んでしまえと言い放ったのだ。その発言に近所の人たちは、勝手ではないかと憤り、子供を産み捨てた母が言う言葉ではないと非難した。
母はもともと童顔で愛らしい顔立ちをしているので、以前から異性関係でトラブルが多かったと聞く。同性には好かれていなかったらしい。それでも父と婚姻して少しは落ち着いたかと思ったら、生まれたばかりの赤子を実母や、夫に押し付ける形で家を出た。そのことがあり、近所の人たちは、なおさら母を快く思っていなかったのだ。
当時8歳だった私は、母親に愛されていると信じていた。近所の人達が母を悪く言ったとしても、そこには何か事情があったのだと、その場にはいない母を庇った。ボーモン子爵家で乳母を務めている母は、一緒には暮らせなくとも私にとって誇りであり自慢の母だった。でも、その相手から心の底から嫌悪しているような眼差しを向けられて、ようやく母には好かれていなかったのだと察した。
事情はどうであれ現実は冷たく、国の法律により、私は自分を嫌っている母親に引き取られるしかなかった。
母はボーモン子爵家では、子爵夫人のように振舞っていた。子爵とは密接な関係らしく、他の貴族家では当主の隣の部屋は大概、夫人の部屋となるらしいが、この屋敷では子爵の隣の部屋は母の部屋になっていた。
使用人達の噂を聞きかじったところで知れたのは、母は以前から子爵の愛人で、本妻が亡くなると堂々と夫人のように振舞い始めたとのこと。二人の関係を公にすると、社交界で体裁が悪くなるので、子爵はすぐには再婚せずに娘の成長を待ち、時期を見て公表するのではないかと言うのが、皆の見解だった。母はお貴族様の集まる社交界では評判が良いらしい。産後、すぐに母親を亡くしたお嬢さまを育て上げた乳母として注目を浴びているとも聞いた。
私は母に、自分が母の子だと皆に言わないことを条件に、この屋敷に連れられてきた。私の外見は父親によく似ている。母と似たところが一つもなかった。そのこともあり、誰も私と母が親子だと気が付いた様子はなかった。
母は、私達母娘が親子だと、皆が知らないことをいいことに、私は孤児でお嬢さまの遊び相手として屋敷に連れてきたと言っていた。でも、その孤児と言われている私に、当時の使用人達は優しく接してくれた。それが嬉しかった。どんなに嫌な仕事でもこの人達とならば、頑張っていけそうな気がした。
初め私はお嬢さまの遊び相手を務めさせられた。お嬢さまの気性は激しく、機嫌を損ねると食事抜きになったし、母から叩かれたり、蹴られたりした。ここを追い出されたら実家はあっても無人だし、一人で稼いで食べていくことの出来ない私には逆らうこともできずに、耐え忍ぶしかなかった。
それでも私の様子がおかしいことに気が付いたのだろう。心優しいベテランの使用人さん達は、クラリー夫人に私が虐待されていると、子爵に訴え出てくれたらしい。ところが母はお咎めなしで、訴えた側が解雇になってしまった。
自分のせいで──と、嘆く私に、解雇通告を受けた使用人達は優しかった。
「子供のあなたに当たる方がおかしいのよ」
「それをいさめることもしないで、クラリー夫人を庇う旦那様も旦那様だ」
「もしも、あなたがここに居づらくなったらいつでも私たちを頼っておいで」
そういって仲良くしていた使用人さん達は、連絡先を告げて去って行った。私に真新しい服や、絵本、髪留めを残して。残していく私が最後まで気がかりだったらしい。優しい人たちがいなくなって、その晩、私は泣きに泣いた。
その後、母は自分に逆らう者たちをどんどん解雇していった。その一件から私は他人に助けを求めることを諦めた。




