風の勇者と旅立ちの日、2
「……え?」
「さあ、ご飯を取りに行きましょう。早くしないと皆寝てしまいます」
目を丸くして固まる俺を尻目にアリシアとジンが歩き出す。それを追いかけて問う。
「それ、ほんとなのか?」
「そうですよ。ハルもそれは知っているはずでは?」
「いや、ちょっと……色々あってさ。じゃあ勇者って何がするんだろ、悪い奴を倒すとか」
「ええ、まあ」
「それ、俺も一緒に行きたいんだけど。いいかな」
「無理です」
食い気味にアリシアが答える。
「えっと……アリシア?」
「ハルは弱いですしそれに魔法も使えません。ここで待っていてください」
「強くなるよ。すぐ行くわけじゃないんだろ?」
何も言わなくなったアリシアの代わりにジンが答える。
「十ヶ月後くらいだな。アリシアが十八になると同時に旅に出る予定だ」
「じゃあそれまでに頑張る。魔法だって覚える」
「いや、それは──」
「ジン、喋り過ぎです」
ジンの言葉をアリシアが遮る。それに対して何かを言いたそうにしていたが、息を吐いて黙り込むジン。
暫く無言で歩き続け、倉庫のような建物の前でアリシアが足を止めた。
「ここは?」
「食料庫です。それも忘れてしまったんですか」
「え? ああ、うん。ごめん……」
「いえ、責めているわけではなくて……。ごめんなさい」
そう言いながらアリシアが建物の戸を開ける。
中は暗く灯りらしい物もない。それに……
「空っぽ?」
そう食料庫と呼ばれた倉庫の中には何も入っていない。
ジンの手から炎が打ち出され部屋の隅にある蝋燭に炎が灯る。部屋全体が見えるようになったが、相変わらず何も無いように見える。
「床を見てみろ」
ジンが部屋の床を指差す。そこには大きな魔法陣が描かれていた。
アリシアが魔法陣に触れる。直後、円が光り野菜や肉といった食材が山のように現れた。
「転送の魔法陣だ。毎日ここで王都との連絡や食材の調達等をしている」
「へぇ、凄ぇ。俺も出来るんかな」
ジンは答えない。どうやら俺が魔法を使えるかどうかの話はしちゃいけないらしい。
アリシアとジンが届いた食材の調理を始めた。何処からか取り出したナイフと調理器具を使い忙しなく動いている。
「俺もなんか手伝いたいんだけど、何すればいい?」
「ん? ああ、じゃあ出来た物から順に村の人たちに配ってってくれるか」
「……? はーい、分かった。行ってきます」
なんで配るんだ、なんて聞いたらまた怒られそうだ。
ジンから渡されたパンとお弁当箱のような容器を持って一番近くにある家の戸を叩く。すると中からアリシアと同じ猫の耳と尻尾のある女の人が出てきた。
「えっと、アリシアとジンが届けてくれって」
「ありがとうございます。勇者様のお恵みに感謝致します」
何度も頭を下げて食べ物を受け取る女の人。その声につられて奥から男の人が出てきた。
女の人の手に持っている食べ物を見た瞬間、同じように頭を下げ同じ言葉を繰り返す。
「勇者様のお恵みに感謝致します」
壊れたおもちゃのように繰り返される行為。それは俺が家を離れるまで続いた。
「あのさ、勇者様のお恵みに感謝しますって何?」
倉庫に戻り次の食料を手渡してくるジンに問う。
「本来ここに送られてくる食料は全て勇者の為の物だ。アリシアはそれを村人全員に分け与えている。それに対しての感謝の言葉だろう」
「でもさ、何か怖いっていうか……。俺が見えなくなるまでずっと言ってくるんだぜ」
「……」
ジンが口を閉じ視線だけを横に移す。その先にはアリシアがじっと俺たちを見ていた。
それも話しちゃいけないってことらしい。察して次の村人の家に向かう。
そしてそれから数時間後、ようやく全ての家に配り終わった。
「お疲れ。俺達も飯にしよう」
倉庫に戻った俺にジンがパンとカップを手渡してきた。中にはシチューのような液体が入っている。具材は殆ど村の人たちに配られたのだろう。細かい切りクズのようなものしか入っていない。
「ジンたちは毎日こんなことしてるのか?」
「ああ。アリシアは勇者で俺はその眷属だからな。村の人たちの生活を守らないといけないんだ」
「ふーん、なるほどね」
勇者って大変なんだな、なんて浅い感想を抱きながらカップに口を付ける。
「……」
「どうした?」
「味がしない……」
「ああ、焼いて煮ただけだからな。調味料は王都に行かないと買えないんだ。しかも高い。それで我慢してくれ」
「ううん、ケチ付けたいわけじゃないんだ。ごめん、美味しいと思うよ」
じゃあこの白い色は何処から来ているんだ……? それにシチューじゃないならこれは何だ……?
浮かんでくる疑問は全て考えないようにしながらパンと同時に一気に口に流し込む。
うん、パンは美味しい。……多分だけど。
「ふぅ、ご馳走様。そういえばアリシアは?」
「外にいると思うぞ。食事をしている所を見られたくないらしくてな」
「そっか。……ちょっと行ってくる」
「また怒られるぞ」
「それでも行く。聞きたいこといっぱいあるし」
外に出てみるがアリシアの姿は見えない。
「恐らくだが後ろにいる」
「ん、ありがと」
後ろから聞こえたジンの声に簡単に返事をし裏に回ると、言葉通りアリシアがいた。
壁に寄りかかって月を見上げているアリシアの横に同じように立つ。
「なにしてんの」
「ハルと一緒です。ご飯を食べてました」
「……嘘でしょ。食器持ってないし」
アリシアは答えない。
「都合が悪くなると黙るんだな」
「ハルみたいに単純じゃないんです」
「そっすか。……俺、強くなるよ」
「……」
「強くなって。めっちゃ強くなって。アリシアよりも強くなるから。そしたら、アリシアの旅に一緒に連れて行ってく欲しい」
「……分かりました」
「ほんとに!? 約束だからな!」
「はい、本当です。ただ、それが出来なかった場合はここで暮らしていてください」
「ああ、分かった! じゃあ、はい」
「はい?」
手を握り小指を突き出す俺にアリシアが怪訝な顔で答える。
「指切りだよ、指切り」
「ユビキリとは……?」
「ん? ああ、約束って意味だよ。こうやって指を絡めて──」
アリシアの小指と俺の小指を絡めて手を振る。
「指切りげんまん、針千本ってな」
「ハリセンボン……? 何を言っているんですか」
「はいはい、もういいです。約束したかんな。──よし、そうと決まったらさっさと寝ようぜ。俺の家何処だ」
「ないです」
伸びをする俺にアリシアが言う。
「……無いって何が?」
「ハルの家です」
「えっと、じゃあ俺はどこで寝るんだ……?」
「いつもはそこで」
アリシアが地面を指差す。
「マジ?」
「本当です」
……マジなのかぁ。
びっくりするほど薄情に各々の家に帰っていくアリシアとジンを見送って俺の異世界での一日目が終えた。




