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光速飛行の挑戦

作者: 耕路
掲載日:2026/02/15

 宇宙船アロー号は徐々に光速に近づくスピードでプロキシマ・ケンタウリを目指して飛行していた。飛行士のヒロキは操縦席の制御卓に向き合いながら、遠ざかる太陽の画像を画面で見ていた。太陽は今や小さな点となって漆黒の宇宙空間の中に寂しく光っている。

 やがて船は光速の90パーセントに近づく速度に到達した。船内の時間はゆっくりと進む。定時の地球との交信はできない。ヒロキはコーヒーをいれはじめた。カップから湯気が立ち上る。操縦席に座り、カップを手にして香りを味わいながら安らぎを覚えていると、ふと人の気配を感じた。離れた後方にもう一人の自分がいた。二重身だった。光速の領域に達したために、未経験の精神変容が自分の身体にあらわれているのだと、ヒロキは理解した。分身は、少し前の自分の動作をしていた。先ほどの自分と同じようにコーヒーを入れていた。幻視にしては鮮明で、自分そっくりの姿を見ることは異様な体験だった。

 そして、分身はヒロキと目を合わせた。この飛行計画には意味があるのか、と分身はヒロキに問う。いや、問うた、というのは誤りで自問自答だったのかもしれない。すでに光速に近い速度で飛行していることで、帰還したときには、恐ろしく時間経過した地球に知った人物は誰も存在していないことは覚悟していた。また分身は苦労をして何になる、とも問うた。それはヒロキ自身の心の中にあるぼんやりとした現実否定のわだかまりの感情だった。ヒロキは光速飛行の幻影だと強く自分に言い聞かせることで平静を保とうとした。

 ヒロキは身体を休める為にベッドで横になった。ヒロキが気づくと分身が船の操縦席に座っている。幻影が実体に変わった。見ると、ヒロキの手は透け、次第に空虚で怠惰な気持ちが心を占めてくる。船の中で装置を制御する自分の責任ある位置に幻影が入り込んでくることは不快だった。 やがてヒロキは希薄な存在となり、静かに消滅した。

 原因は重力場の異常によるものなのか、未知の素粒子の衝突によるものなのか、因果律の乱れが船内の現象に影響していた。

 操縦席の分身は記録ノートに、「○月○日、背後に人の気配を感じた。前の自分だろうか?」と書いた。再び不安感が船内を支配し、今度はヒロキの分身に作用した。もうひとりのヒロキが背後でコーヒーを入れていたのだ。船内の時間軸の乱れがパイ生地のように重なり始めた。船内の前方と後方という短い距離でさえ、時間経過の混乱が生じていた。

 主体と客体の逆転は、時間の歪みが現実に起こる出来事であることを現象として明示していた。

 アロー号はそこに観察者がいたら、視覚で認識できない速力で人類未踏の空間を疾駆していた。いや観察者がいたら、時間の歪みはそもそも起こり得なかったかもしれない。

 船は未知の領域を光速に近づく限界に迫る速度で突き進んでいた。

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