エクストリーム・スポーツ
シエリアがカウンターでうとうとしていた時、奇妙な音が聞こえてきた。
ビチョッ……ビチョッ……。
その音に気づいて店主は顔を上げた。
すると長い髪をだらーんと垂らした女性が立っていた。
水からあがったばかりのようで、ウエットスーツを着ていた。
シエリアほ驚きこそはしたものの、こういった怪奇じみたものには強かったので動じなかった。
「あの……あの、ここが例の……?」
どうやら彼女は依頼人のようである。
風邪をひいてはなんだとシエリアはバックヤードで暖房を焚いた。
髪の毛を上げてまとめると思ったより快活な印象を受けた。
成人済みの女性だろうか。
「私、ミンミと言います。そのですね、私、滝登りをしなきゃで……」
雑貨屋少女は首をかしげた。
「たき……のぼり? あの激流に逆らって上流に上るアレですか?」
ミンミはコクリとうなづいた。
身体が暖まったからか、彼女は本来の調子を取り戻し始めた。
「セポール・マスって知っていますか?」
シエリアは淡水魚も売り物として扱っていた。
そのため、魚に関しては明るかった。
「滝のぼりで元いた川へ戻って産卵するアレですよね? それがなにか?」
ミンミは困ったような顔をした。
「それじゃあ、″刷り込み″については?」
それを聞いてシエリアは答えた。
「卵から孵る時に見たものを親と思い込むという?」
女性は俯いた。
「そう。私は稚マスたちに親だと思われています。セポール・マスは親が滝をのぼるのを手本として、己を奮い立たせて滝を登るのです。しかし、問題が……」
シエリアは身を乗り出した。
「問題?」
マスの義母は語った。
「最近、川の遡上先に3mを越える堤防ができてしまって。私の力ではこれを越えることが出来ないのです。稚マス達には滝を登るポテンシャルがあるのですが……」
ミンミは眉をハの字にした。
「ですが、このままでは手本が見せられない。これでは稚マスたちは流れを遡れず、繁殖できません。なんとかなりませんか?」
さすがに生身の人間が3mの堤防を滝登りするのは無理がある。
そんな都合の良いアイテムがあるでもなく、シエリアは頭を捻った。
吸盤のようなものでペタペタ登る手もあるが、3m上からの水流は馬鹿にできない。
おそらく流し落とされてしまうだろう。
ならば上から引き上げようかと思ったが、水深は深いしこの場合も水流がネックになる。
こういうときに限って都合の良いアイテムはなかったりするのだ。
まずはより詳しくセポール・マスの生態について知らねばならない。
シエリアはセポール水族館へ足を運んだ。
ここは国内唯一の淡水魚専門の施設である。
いくつもアクリル水槽が並んで、渓流〜河口までのエリアに分けてあった。
注目すべきは中流である。
水槽内には小さな滝が作られていた。
そのそばには稚マスが群れをなして泳いでいる。
しらすのような細い体で、腹部にまだ卵がくっついている。
それを栄養にして成長していくのだ。
その時、館内アナウンスが流れた。
「まもなく、セポール・マスの滝登りショーが始まります」
すると、ウェットスーツの飼育員が大きく岩をまたいだ。
あの人物に″刷り込み″が起こっているのだろう。
するとマス達はピョコピョコと滝を登っていった。
同時に拍手が起こった。
こういうものなのかとシエリアは確認した。
だが、良い策は全く思い浮かばない。
ボーッとしながら淡水のシュレイン・イルカのショーを見ていた。
イルカに跳ね上げられた飼育員は高く跳んだ。
「う〜ん、イルカを連れて行くわけにはいかないしなぁ。訓練も必要だし」
雑貨屋少女は肩を落としてとぼとぼと帰ろうとした。
するもとまたもや館内アナウンスがあった。
「ボーショク・コイの餌やりです。迫力がありますので是非ご覧ください」
シエリアは気乗りしなかったが、一応見ておこうとその展示へと向かった。
そしてまたガイドが流れ出した。
「このボーショク・コイ。名前の通り暴食でして。マシュマロが大好物なんですよ」
来館者からは笑いが上がった。
「この水槽は非常に天井が高く造ってあります。さて、なぜでしょうか? ではエサをまきます。3、2、1!!」
そして飼育員はマシュマロをばら撒いた。
すると水面から巨大な魚が躍り出た。
全部が紅白の斑模様をしていて、なんだかおめでたい見た目だ。
大きさは1m前後はあるだろうか。
彼らはビチビチとはねてエサに食いついた。
そのジャンプ力は凄まじく、3mは軽く超えていた。
これが水槽が高い理由だったようだ。
いけるかもしれない。シエリアはそう思った。
そして下見などが終わり、作戦決行の日がやってきた。
「私がマシュマロを堤防の下に撒きます。コイの群れがウロウロしてるのは確認済みです」
ミンミは気合十分だ。
「そして、飛び出してきたボーショク・コイにつかまって滝登りをすると!!」
雑貨屋少女はうなづいた
「口のフチに指を引っ掛けることが出来れば、滑り落ちないと思います。作戦名はオペレーション・マシュマロです!! 頑張っていきましょう!!」
こうして稚マスたちの義母は滝の下で構えた。
一方、シエリアは堤防の上から菓子を撒く準備をした。
2人は息を合わせた。
「「いっせ〜の、せッ!!」」
バッと雑貨屋少女がマシュマロを投げると、物凄い勢いで紅白のコイが飛び出してきた。
「あいてッ!!」
ミンミは巨大な魚に突き飛ばされて湖底に沈んだ。
恐ろしいまでの馬力である。
すぐに水面に上がってきたミンミはすぐにサインを出した。
「もっかい、もっかい!!」
こうして何度もコイを呼んだが、タックルを食らったり、ぬめったり、上手く口のフチがつかめなかったりで上手く行かない。
自然が相手だ。そう簡単にいくわけがなかった。
あれよあれよとミンミは傷だらけになっていった。
それでも彼女は挫けなかった。
「手塩にかけて育てた私の子どもたち……なんとしても送り出して見せる!!」
次の瞬間、シエリアは水族館のイルカショーを思い出した。
「一気に押し上げればあるいは!!」
そう言いながら少女はザバザバとありったけのマシュマロを堤防の下にぶちまけた。
すると恐怖を感じるほど一斉にボーショク・コイが跳ね上がった。
それに押し上げられてミンミは宙高く跳んだ。
そしてそのまま堤防を越え、その脇に着地した。
「「やった〜!!」」
2人は声を揃えて喜んだ。
あとは稚マスがどうなるかだ。
シエリアとミンミが見守っていると幼魚達はスイスイと堤防を越え、そのまま川を遡上していった。
ホッとしたあまり、魚の義母はペタンと座り込んでしまった。
最初、滝登りが趣味の人かと思いましたが、そんなことはなかったです。
そもそもそんな趣味の人なんているんですかね?
そんな時、来客があった。ミンミである。
「あのさ、滝登りにハマっちゃってさあ。今から一緒に行かない?」
それ以来、生身で堤防を越えるエクストリームスポーツがセポールで大流行したという……。
……というお話でした。




