メイドカフェの食通のおっさん(出禁)
セポールには1つだけメイド喫茶がある。
その名も「ファンシィ・トラベル」だ。
市内での唯一のお店だけあってそこそこ人気があり、来客が途絶えることはない。
今日はあるメイドさんの病欠の代打としてシエリアに依頼が入ってきたというわけだ。
その店のメイド服はピンクでフリフリのついた、可愛いらしいのものだ。
だが下品にならず、そこはかとなく優雅である。
「萌え萌え♡キュン!! ハイハイハイ!! おいしく〜〜なぁれ〜〜〜♡♡♡」
最初はあまり気乗りがしなかった雑貨屋少女だった。
しかし、始めてみるとどうしてなかなか面白い。
すっかりハマってしまい、ノリノリで萌えを注入していた。
そんな時、初老の男性が来店してきた。
普段来る客層からするとだいぶ歳をとっているが、ご主人様に年齢は関係ない。
「はあ〜〜〜い☆ご主人様、おかえりなさいませ〜〜〜!!☆」
使用人一同が声をかけると、無言のまま男はテーブルに座った。
「この、″愛情♡オムオム☆オムLet's!!″を頼もうか!!」
それを見ていたマスターは震えだした。
「あ、あ、あいつはメイドカフェ食通のヤマバラユーザンだ……。オムレツを頼んではケチを付けて店の評判を落としてく問題人物さ。まいったなぁ。ウチもいいがかりの噂が広まっちゃうよ」
それを聞いたシエリアはいてもたってもいられなくなった。
料理にちょっとばかり自信のある彼女はその男を返り討ちにしようとしたのだ。
店のキッチンに案内されるとそれなりの設備や素材は揃っていた。
これなら不足無く調理できるはずだ。
メイドの雑貨屋はざざっと見事な手さばきで美味しそうなオムレツを完成させた。
それを小洒落たレストラン風に盛り付けた。
全力は尽くした。そしてシエリアは仕上げに美味しくなる魔法を唱えた。
「ハート♡キュン♡キュン!! オム♪オム♪オムレツおいしく☆おいしく☆おいしく〜〜〜なぁれ〜〜☆」
魔法をかけかるとヤマバラはスプーンでオムレツを口に運んだ。
彼はしばらく黙っていたが、テーブルを叩きつけながら立ち上がった。
「ならん!!ならんならん!! オムレツの味と質は及第点!! だが、美味しくなる魔法が論外だ!! これではかえってオムレツが不味くなる!! 萌え萌えキュンのなんたるかをわかっていない!! これっぽっちもだ!! 出直してこい!!」
そう言い放つとヤマバラはオムレツを残し、ちゃっかり会計して退店していった。
辛辣な評価だったが、シエリアはこれを聞いてぐうの音も出なかった。
帰り道で彼女は落ち込むどころか闘志を燃やしていた。
いかなるお客さんであれ、満足していただかねばメイドの依頼を完遂したとは言えないからだ。
しかし萌え萌えキュン♡のなんたるかについてはいくら頭を絞っても出てこなかった。
悩みながら店に帰ると、サングラスをかけた中年女性がカウンターに寄りかかってタバコを吸っていた。
「あの……店先でタバコは……」
すると彼女は携帯ゴミ捨てにタバコを入れた。
「こいつは失敬。あたしは通称ビッグ・メイデン……」
立ち話も何なのでシエリアは彼女をバックヤードに招き入れた。
「さて、本題だ。私はかつて伝説のメイドと呼ばれた女。まぁ、トシだから引退しちまったんだが」
ウワサには聞いたことがある。かつて究極メイドと呼ばれたレジェンドである。
そんな生ける伝説が何の用だろうか。
「依頼。依頼だよ。ヤマバラユーザンの鼻をへし折ってくれ。メイドとしてアイツはなんとも許しがたい。奴に参ったと言わせるには至高のオムレツ、ピチピチの若さ、そして必殺の萌えキュンが必要なんだ。あたしにゃ必殺技しか無いから勝てやしない。だからあんたに賭けるしかないのさ」
シエリアは真剣な顔をして首を縦に振った。
「ふ〜〜ん。思い切りが良いね。若い頃の私とソックリだよ」
こうしてビッグ・メイデンとの激しい特訓が始まった。
「違う!! 萌え↑萌え↑じゃない!! 萌え↓萌え↑!!」
「きゅんの時の指のハートの造りが雑だよ!!」
「ほらもっと腰をフリフリ!! フ・リ・ル・フリフリ!!」
「腕立て200!! 腹筋200!! スクワットも200!! メイドは根性・根性!!」
「重力10倍から一気に50倍に上げるよ!!」
この修行によって、シエリアは美味しくなる必殺技を体得した。
「ほれ、夜ふかしは美容の敵!! ヤマバラが来るまで休みな!!」
そして決戦の日、″ファンシィ・トラベル″へユーザンがやってきた。
「ふん。萌えの極致、そうたやすくは達することは出来ん!! それでもまだ挑むとなればこのユーザンに至高のオム☆オム☆オムLet'sを食わせてみろ!!」
相変わらず尊大な態度だ。
普通ならカチンと来るところだったが、シエリアは冷静だった。
「ご主人様、しばしお待ちください。今、オムレツをお持ち致します」
今度は自前の調理器具と食材を用意した。
どちらも限界まで良質なものを厳選した。
これならオムレツ自体に問題ないはずである。
あとは萌え注入の必殺技に賭けるしか無い。
シエリアはテーブルに本格レストラン顔負けのオムレツの皿を置いた。
「今だッ!!」
メイド少女はわずかに腰を落として重心を安定させた。
そして指で宙を撫でるように滑らかな軌道を描き出した。
まるで指先でダンスをしているような華麗さだ。
フィンガー・ダンスの終わり際、シエリアは腹の底から声を出した。
「燃え〜燃え〜……」
少女の気迫の溜めは大気を揺らした。
そのまま″キュン″にいくかと思われたが、鬼気迫るテンションから一気に切り替えた。
「〜からの……萌え♡萌え♡ズキュン!!☆」
見事なフェイントだった。
そして、すかさず流れるように指でハートを作った。
「おいしく、おいしく、おいしくなぁ〜れ♡」
決まった瞬間、店内はグラグラと揺れ、チカチカと激しくフラッシュした。
そしてヤマバラはおそるおそるそのオムレツを口にした。
すると大粒の涙をこぼし始めたではないか。
「うっ、ううっ、これぞ、至高の萌え♡萌え♡キュン☆!! おいしくなる秘技、まがいなく本物!! わ、わしの負けだ……」
こうしてメイド喫茶は食通のおっさんを退けることが出来た。
もちろんヤマバラユーザンは出禁である。
評価が下がることもなく、無事に営業を続けられることとなった。
その後、ビッグ・メイデンは一度も姿を現さずにいなくなった。
それからしばらく経っての事……。
メイド服を来た女性が店先にやってきた。
「お、お姉さまがビッグ・メイデンですか?」
「は、はぁ……」
思わずシエリアは聞き返した。
どうやら彼女はビッグ・メイデンにメイドの稽古をつけて欲しくてきたらしい。
いつのまにか雑貨屋少女は跡継ぎにされてしまったようだ。
シエリアがメイド術を伝授するとメイドさんは感動で涙しながら帰っていった。
これが密かなウワサを呼び、シエリアにメイドの教えを請う者が後をたたなかったという。
結局、シエリアはこれをトラブル・ブレイカーの仕事の一環として継いでいくことに決めた。
これが長く続く新たなビッグ・メイデンの伝説となるのだった。
「……ビッグ・メイデンたぁあたしの事だよ。至高のオムレツ、それに萌え萌えキュンキュンの美味しくなる必殺技は任せときな。あたしに足りないのは……そうさねェ、ピチピチな若さくらいなもンだよ!!」
……というお話……
に、なるんですかね?




