非行倶楽部
雑貨屋の店主は虫取り網と虫かごを入荷していた。
クランドール王国には季節はないが、時期が来ると不思議と生物が移ろいゆく。
今はトンボが増える頃なので、虫取りの関連商品は売れが良い。
今日もいくらか、はけたところだ。
そんな時、シエリアは気配を感じて後ろを見た。
そこには虫取り網を持った坊主頭の少年が立ち尽くしていた。
よく見ると顔を歪めて歯を食いしばり、悔し涙と鼻水を垂らしていた。
これはただごとではないと店主は少年に歩み寄ると、しゃがんで声をかけた。
「どうしたのボク。そんなに泣いたりして。お姉さんに話してみてよ?」
坊主頭は涙を拭って語り始めた。
「おいら、トーゼっていうんだ。″オフリトンボ″がどうしても捕まえられなくて……。おいら、昆虫博士になりたいのにどんくさくてさ。虫が取れなくて皆にからかわれるんだ!!」
尾振りトンボとは常にグルグルと尻尾を回している変わった昆虫である。
他のトンボの例に違わず、機動力が高く、眼も良い。
並の大人の反射神経でも捕まえることが難しいくらいだ。
またもや少年は泣き出してしまった。
シエリアはトーゼをなだめた。
「ほらほら。お姉ちゃんが手伝うから。一緒にトンボを捕まえようよ!!」
坊主頭の顔色が変わった。まるで仏に会ったような顔つきだった。
「ほんと!? ″カッコよく″決めないとだよ!?」
……とはいうものの、シエリアは酷い運動音痴で、トンボなんて捕まえられっこないのは自明の理だった。
「と、とりあえず、河原にいこっか……」
少年の手を引いて移動するとそこにはおびただしい数のオフリトンボが飛んでいた。
「これだけ数が居たらアミを適当に振り回しただけでも採れるんじゃないかなぁ」
雑貨屋少女はジャンプしながら網を振ったがかすりもしない。
しまいには石に足をつっかけて前のめりにつんのめってしまった。
シエリアとトーゼは肩を落として雑貨屋か(ざっかや)に戻ってきた。
「うっ、うっうっ、やっぱり、やっぱり……」
泣き虫の少年はまた号泣しそうだ。
それを少女はなだめた。
「ほら!! あきらめないで!! おねえちゃんがなんとかしてあげるから!! 一緒にオフリトンボ、捕まえよ?」
トーゼは黙ったままコクリと頷いた。
疲れ切ったシエリアはカウンターにもたれかかった。
(うわああぁぁぁ〜〜!! あんな速いの捕まるわけがないって!! でも、トーゼくんの夢のためにもなんとかしなきゃあああ!! やっぱ無理!!)
雑貨屋少女は無意識に高級氷菓、エリキシーゼを手に取っていた。
フタを開けるとそこにはペロペロキャンディの渦巻き模様があしらってあった。
No-143、ペロ☆キャンフレーバーだ……。
これをみたシエリアに電撃が走った。
トンボは非常に視力が高い。
それを逆手にとって指をグルグル回して気絶させるというテクニックがあったはずだ。
正直、眉唾物で、都市伝説だ。
もしかして催眠術効果的ななにかがあるのかも知れないが。
ともかく、今はこれに縋るしかない。
″カッコよく″という条件も満たしているはずだ。
早速、シエリアは河原で止まっていたトンボに指グルグルを試みた。
すると、その昆虫は目を回して地面に落ちた。
それを拾い上げた少女はあまりのあっけなさに恐怖感さえ覚えた。
翌日、呼び出されたトーゼはシエリアからレクチャーを受けた。
半信半疑だった少年だったが、試してみると面白いほどトンボは採れた。
うまくやれば飛んでいるのさえ落とせた。
このテクニックは瞬く間にセポールに広がり、メジャーになった。
だが、不可思議な事件が起こった。
河原で子どもたちが集団で気を失ったというのだ。
トンボを捕まえようとしていたと各々(おのおの)の子供が口にしたが、それ以外には特に変わった事はなかった。
やがて、気絶事件は範囲を広げ、市街地でも起こるようになった。
今度は子供だけではない。老若男女に被害が及び始めたのである。
この得体のしれない異常事態にセポールは震撼した。
″家の中にいれば気絶しない″
そんな噂が広がった。事実、誰一人として屋内では気絶しなかったのだ。
そのため、人々は家に隠れ、街はさながらゴーストタウンのようになってしまった。
シエリアを頼る依頼も十数件は来ており、事の重大さを物語っていた。
トラブル・ブレイカーは頭を捻った。
「う〜ん、原因がわからないことにはなぁ……。河原で子供がやることで、屋内では起こらない。今まではまったく起こらなかったのに……。なにか、なにかきっかけが……あッ!!」
シエリアはそう叫ぶと空を凝視した。
数え切れないほどのオフリトンボが飛んでいる。
よーく観察していると気が遠くなってきた。
そのまま雑貨屋少女は気絶して仰向けに倒れ込んでしまった。
少ししてシエリアは意識をとり戻し、頭をブンブンと振った。
「わかった!! オフリトンボだ!! 器用に尻尾をグルグル回して私たちを気絶させてるんだ!! 逆襲だよこれは!!」
おそらくトンボがグルグル指回しを学習して、こちらにやり返してきているのだろう。
シエリアは元は自分の責任だと悔いたが、それを怒りが上回った。
「ぐぐぐ!! トンボめ〜。人をバカにして!!」
普段、極めて温厚な(おんこう)な彼女だが、怒ると怖かったりする。
再び彼女は空を見ると指をグルグル回しだした。
「目には目を〜〜〜!!」
だが気づくとシエリアはまた気絶していた。
頭を振って起き上がる。
「う、うう。グルグルが改良されてる!! これじゃ打ち負けちゃうよ!!」
すぐに少女は店内に入ると売り物の「ハゲザルでも出来る催眠術」の本を取り出してきた。
そして指回しに催眠術の要素を織り交ぜた。
ついでに穴開きコインに糸を垂らしたアイテムも引っ張り出してきた。
こうして雑貨屋の反撃が始まった。
「トンボ、トンボは非行くら〜ぶ。トンボ、トンボは(ひこう)非行くら〜ぶ」
自分に催眠が効くのを避けるため、シエリアは謎の言葉をつぶやいた。
そのまま天に指を向けてグルグルと回しだした。
そして街中を歩き回りだしたのである。
頭のおかしい人だと思われそうになった時、ボトボトとオフリトンボが落ちてきた。
シエリアの催眠術指回しがクリティカルヒットしたのである。
街の人々(ひとびと)はこれをみて驚いたが、藁にも縋る思いで彼女の動きを真似しだした。
「トンボ、トンボは非行くら〜ぶ。トンボ、トンボは非行くら〜ぶ」
ほぼすべての住民がこれを真似て、街の隅々(すみずみ)まで移行進した結果、気絶事件はパタリと止んだ。
やはりオフリトンボが人間の指回しを真似したのが原因だったみたいです。
問題も5日ほどで収束しましたし、まずまずかなと思います。
それはそうと、小さい頃は神様が居てですね。なんでも夢を……。
え? 何の話かって? やっぱり版権はNGですか?
……という……
「お話でね。ハッハッハ!! 昔、こんな安っぽいパニックホラーみたいな事があったんだ。私、トーゼが昆虫博士になったきっかけさ。シエリアお姉ちゃんも相変らず元気でやってるよ。版権オチはシャレにならないから私が来たんだ」
……というお話だったんだよ。ハッハッハ!!




