わびさびわさび
シエリアはあまりにも平和な店番にまどろんでいた。
そんな時、カウンターに小さな手が飛び出してきた。
「うひゃあっ!!」
思わず雑貨屋少女は飛び退いた。
「そんなおっきなこえだすんじゃないのん」
店主が覗き込むとそこにはいたいけのない幼女が立っていた。
仕切り直しとばかりに彼女は背伸びして1枚のコインを手渡してきた。
「あたし、メルゥ。よろしくなのん」
我を取り戻した雑貨屋は身を乗り出し、笑顔を浮かべて尋ねた。
「いらっしゃい。駄菓子がほしいのかな?」
シエリアがそう聞くとメルゥは首を左右に振った。
「ちがう。これはいらいなのん」
それを聞いた瞬間にシエリアの顔はキリリと引き締まった。
「どんなご依頼ですか?」
幼女の出した額ではそれこそ駄菓子くらいしか買えないが、難題解決人はあまり報酬の多寡にはこだわらなかった。
シエリアは金銭より依頼人の笑顔や、得られる達成感にやりがいを感じるのだ。
メルゥはひどく不機嫌そうになった。
「わさび……」
幼い少女はそうつぶやいた。
「わさび……?」
シエリアが聞き返すとメルゥは語りだした。
「おすしでいちばんじゅーよーなもの。それはまちがいなくわさび。わさびのないおすしなんておすしじゃないのん」
そして急に火がついたように喋りだした。
「でもね、わかってないオトナがおおすぎるのん。ちゅーぶのはわさびじゃないって。どこのおみせにいっても、だれもあたしのはなしをちっともきいてくれないのん。モノホンのわさびはこんなもんじゃないって。あたしはゴクジョーのわさびをつかったおすしがたべたいのん」
シエリアは首を傾げて唸った。
歳不相応のこだわりとはいえ、コレは間違いなくモノホンだ。
立派な一人前であるし決して馬鹿にしたり、侮ったり、蔑ろにしていいわけがない。
「わかった。お姉ちゃん、極上のワサビ、とってきてあげるからね!!」
それを聞いてメルゥは目を輝かせた。
ただ、正直なところ、シエリアはワサビにこだわりがなく、あってもなくても良い派だった。
流石にわさびのなんたるかを知らないままわさび探しをするのは愚の骨頂である。
そういうわけで彼女は市内の大衆寿司屋を巡って手当たり次第、サビありを食べまくった。
最初は余計な辛味で邪魔者のように感じたが、なかなかどうしてだんだん病みつきになっていった。
この
「つーん」
と鼻に来る風味
そしてネタの生臭さを相殺する辛味。
それが調和したときのハーモニー。
気づけばワサビ抜きの寿司はあり得ないと思えるまでになった。
メルゥの依頼でワサビを入手しに行くはずだったが、シエリア自身もワサビが欲しくなっていた。
彼女は登山装備をしっかり整た。
キャンプも想定したアイテム一式だ。
シエリアはしばしばレアな植物や鉱物を採取するために出かけるので、こういったサバイバル術には長けていた。
とりあえず、彼女は市場に出回っている高級ワサビを求めてクランドール王国の東部にやってきた。
以前、雪乞いで相撲の儀式をやったあたりだ。
ワサビは渓流を好む。
かなり距離があるが上流を登っていけばたどり着けるはずである。
やがて、目的の地についた。
川幅が細くて急な流れ。
そして水量が少なめで綺麗な水が流れるここが渓流だ。
どうやらこのあたりで高級ワサビが栽培されているらしい。
川を遡っていくと段々(だんだん)と岩が積まれ、明らかに人の手が入ったような場所に出た。
そこには大きく育ったワサビが清流に晒され、大量に植わっていた。
一目で誰かの畑だとわかったのでシエリアはそこから離れようとした。
その直後、背後から怒鳴り声が聞こえた。
「こらぁ!! お前、なにしてるだ!!」
おそらくワサビ畑の主だろう。
「あ、あのですねぇ、立派なワサビだなぁって。私、高級ワサビを探しに来てて。少しでいいので、よければ売ってくださると……」
ワサビを褒められたのが嬉しかったのか、畑の主は何本か作物を引っこ抜いてきてくれた。
シエリアは多めの額を払うと、しゃがみこんでおろし金をとり出すとワサビの根をおろしだした。
「ほぉ。おめさんツウだなぁ!! それなんに使うんだ?」
薬味をおろしながら少女は答えた。
「おすしっ、なんですけどっ!!」
それを聞いた農家は真剣な顔をした。
「おう。寿司に使うならこの辺りに生える天然ワサビが一番だ。悔しいけどウチのワサビじゃそいつにゃ敵わねぇ」
とても貴重な情報を教えてもらった気がして、少女は主を見上げたが、彼は笑っていた。
「なぁに。ワサビを愛する者同士ってやっよ。それに、安くねぇカネもらってるしな」
ワサビ農家の男性にペコリとお辞儀すると、更にシエリアは渓流を探索し始めた。
進んでいくとどんどん流れが急になり始めた。
やがて、足場も少なくなっていく。
日も暮れ始めて今日は諦めようと思った時だった。
「あっ、あれは!!」
そこには確かにカタログで確認した天然ワサビが自生していた。
「この香り……間違いなくワサビだ!!」
こうしてシエリアは依頼の品を手に入れ、無事にセポールに帰ってきた。
ワサビの鮮度を落とさないために、朝イチでメルゥを呼んだ。
「ほあああぁぁぁ。これすごいわさびなのん!! ひとめみただけでわかるのん!! さ、おすしやさんにいくのん!!」
そして2人はメルゥいきつけの寿司屋に入った。
「うわぁ。ここは来たことがないなぁ」
シエリアは大将に天然ワサビを手渡した。
「うひゃあ!? こりゃ珍しい!! うっし、一丁、握らしてもらいますか!!」
それぞれが好みのネタを注文した。
「……シメサバなのん」
メルゥは光り物からと渋いチョイスだ。
「特上マグロ!!」
一方のシエリアは寿司屋を回ったとは言え、子ども舌だった。
「つーん!!」
2人は極上のワサビの風味に感動した。
だが、幼は程々(ほどほど)で食べるのを止めた。
身体が小さいのだからこれくらいで満足なのだろう。
そうこうしているうちに雑貨屋少女はパクパクと寿司を食べ続けた。
それを見ていたメルゥはなぜかシエリアの袖を引っ張った。
「おねーちゃん、おかねもちなの?」
するとメルゥは壁のお品書きを指さした。
「ここ……みんな″じか″なんよ」
おサイフの関係で、シエリアが回ったのは大衆寿司屋ばかりだった。
時価で握るような高級店には行ったことがなかったのである。
知識の中に時価はあったのだが、全部が時価の店というのは流石に想定外だった。
極上のワサビへの欲が余計に彼女の判断力を鈍らせたというのもある。
「へい!! ちっこいお嬢ちゃんの分を足して6万5千シエールね!!」
※6万万 5千シエール=約7万円
「なっ、ななまん!?」
シエリアの懐事情を知らないメルゥは無邪気にニコニコと満面の笑みを浮かべるのだった。
メルゥちゃんが喜んでくれたみたいで本当に嬉しかったです。
やっぱりこういうのは家業冥利に尽きますね!!
でも流石に6万5千シエールは大赤字で痛い……。
しばらくお寿司屋さんはいいかな……えっ? メルゥちゃん?
「おねーちゃん、きょうもおすしたべるのん」
……というお話でした。




