第6話「屋台ギルド発足」
朝、広場の中央に四角い机を並べ、上に白い板を置いた。
屋台ギルド・発足式——今日から、台所は“人の集まり”としても回る。
「まずは衛生講習の正式資格化です」
私は板に項目を書いていく。
——基礎:手洗い・火入れ・交差汚染防止/応用:冷鎖取り扱い・残渣管理・匂い標識。
修了者には合格札、屋台に掲げる鑑定札の発行権を与える。
鑑定札は四層——
衛(衛生)/味(ミリィ検札)/源(出所台帳)/価(価格表示)。
四隅の色で一目に分かる。衛=青/味=緑/源=金/価=白。
四角の札に丸い穴を開けるのは、ウィスプの提案だった。「丸、すき」
丸は不思議と可愛い。笑う顔に似るから、秩序が嫌われない。
「もう一つ。出店枠は、今日から抽選にします。講習合格者優先。衛生違反・台帳不備・表示虚偽は差し戻し」
ざわ、と試験会場の前みたいな緊張が走る。
ライナーが横で宣言した。「出店料は今日から食券五枚。衛生審査料は実費。過剰徴収はしない」
監察官の朱が入った厨房衛生法(草)の抜き刷りが、机の上で光る。
紙は遅いが、今日の紙は間に合っている。
◆
午前・講習。
ボルドが手洗い台を叩く。「水の流れを止めるな。流れは命だ」
私は火入れ温度を**“湯気の音”**で教える。数字はもちろん大事だが、耳で覚えたほうが現場で強い。
ミリィは子どもたちに肉と野菜を触らせ、交差汚染の“匂いの違い”を嗅がせる。「同じまな板の匂いになったらダメ」
ウィスプは冷箱の前でころころ。「つめたいの、なでる」——冷気の流れを手の甲で感じさせる。
試験は実技で。
手洗い→包丁→同時調理→片付け→札の書き方。
合格者には魚の刻印入りの合格札、そして鑑定札の原紙を手渡す。
不合格者には**“やり直し券”を渡す。悔しさが次の来場**をつくる。
ミリィが耳打ちする。「今日の人、鼻が良い。味係の見習い、増やそう」
「二人、連れておいで。嗅ぐ国語の先生に」
◆
昼・抽選。
広場に木玉の入った抽選桶を三つ。
基礎枠(初出店)/常連枠/技能枠(菓子・冷鎖扱い)。
私は声を張る。「不正は匂いで分かります。木玉の匂いは今朝、私が刻みました。焦がし砂糖とミント。替え玉は匂いが違う」
観衆が笑い、緊張がほぐれる。
最初の基礎枠で、小柄な夫婦が当たった。
彼らの屋台は根菜の粥専門。A蜂蜜の薄掛けで**“花の鈴がけ粥”にするという。
技能枠では、若い職人の燻製屋台が当たる。B蜂蜜と塩で浅い照り、糖蜜で深い色。
常連枠で落ちた男がいた。
胸に砂糖券**。札束の影が厚い。
彼は不満げに腕を組み、“空き枠は金で埋めろ”とわざとらしく呟いた。
私は笑って掲示板を指す。
——『金では埋めない/空き枠=“衛生補助枠”:講習手伝いで入場可**』
「手伝いが金の代わりです。台所は共同作業で回る」
抽選が終わる頃、広場の風向きが変わった。
甘い匂いの帯の下で、人々の顔が晴れる。
推し屋台の声が自然に上がる。「花鈴粥」「黒照り串」「林檎の薄焼き」……
名前は応援の旗になる。
私は屋台名札の空白に**“推し印”を押す可愛い蜂の印章を用意した。
推しは数字**を連れてくる。
◆
午後・鑑定札の導入。
各屋台の左上=衛/右上=味/左下=源/右下=価の四角が色で埋まっていく。
源(出所)の欄が空の屋台には、台帳の棚と書き方を教える。
「“誰から・いつ・どれだけ”。嘘は匂いで分かる。紙の嘘は舌で破れる」
ミリィが味の丸を押しながら、「今日の肉、甘い。樹液の香り。樹液照りの札、追加しよう」と提案する。
私は用途札を一枚、すぐに書き足す。“樹液照り(透明の甘さ)=軽い肉・魚向き”。
柔らかい言葉が、価格を押し上げ、苦情を押し下げる。
その最中、鑑定札の右下(価)に細工をしている男がいた。
小さな刷毛で、白の上に薄く灰を塗っている。
字が見えにくくなる。表示虚偽の芽だ。
私は静かに近づき、札を指で撫でる。灰の匂い。油。刷毛の獣毛。
「表示の灰は鍋の灰にしましょう。鍋の灰は腹に入りますが、札の灰は腹に入らない」
男は目を泳がせ、刷毛を隠そうとする。
私は札の角の穴に指をかけ、ひとひねり。穴が小さく変形して、色が蜂蜜色に光った。
匂い刻印だ。
「今日の違反、警告。明日同じなら停止」
彼はうなだれ、刷毛を差し出した。
軽い恥は重い罰に勝る。屋台は明日も来るから。
◆
夕刻・顔見せ。
屋台博覧会の告知板を立てる。
日取り:七日後/会場:城下三広場同時/企画:推し屋台投票・等級対決・冷鎖実演。
投票は食券の端を切り取り**“推し箱”へ。抽選で食券還元。投票=購買につながる仕組みだ。
顔見せは、屋台主の物語を前に出す。
根菜粥の夫婦は、冬に亡くした母の味を語り、燻製屋台の青年は、家を追い出された見習いだった過去を語る。
物語は味を濃くし、味は物語を守る**。
その輪の外で、砂糖券を扱う別の若者が控えめに並んでいた。
彼は昨日と違って帽子を脱ぎ、清書した台帳を持っていた。
ミリィが鼻をひくつかせ、鈴を鳴らす。
——灰の音は鳴らない。
私はうなずき、“砂糖券取引所”の窓口で手数料を受け取り、換金した。
矯正は罰より早い。屋台は今日を生きる。
◆
数字は日没前に跳ねる。
本日配膳:九二八/講習合格:一〇八/出店枠:三〇→五一/鑑定札導入:四八屋台/違反警告:一(表示不鮮明)。
食券回収:四五一/換金窓口待ち時間:四分。
冷蔵庫倉:安定/氷路維持:良好。
蜂蜜連合印押印:七二瓶。
掲示板の相場は夕刻の光で金色に見える。
見える数字は、見えない安心を支える。
ライナーが手袋を外し、掌を見せた。
墨がついている。紙をたくさん触った手の色だ。
「紙をここまで湯気に近づけたのは初めてだ」
「台所の勝ちです。紙の勝ちでもあります」
監察官は少し笑い、「紙が湯気を嫌わなくなっただけだ」と言った。
彼の朱筆は、今日は柔らかい。
ミリィが合格札を胸に当て、「わたし、先生って呼ばれた」と頬を赤くする。
「先生は国のはじまりです」
彼女は目を丸くし、次の瞬間、恥ずかしそうに下を向いた。
◆
夜。
屋台ギルド規約(初版)を清書する。
——第1条 屋台は“腹の安全”を約す
——第2条 鑑定札を掲げる
——第3条 台帳は三年保管
——第4条 台所裁判に協力
——第5条 冷鎖に触れる者は祭に参加
最後の条文に、ウィスプが小さな輪を描いて印を押した。
祭は冷気の約束。甘さで守る氷。
帳簿の端に、私は明日の目標を書き込む。
配膳九八〇/講習合格一二〇/出店枠五五/蜂蜜規格印九〇。
“推し屋台”の一覧に小さな星をつけ、博覧会の配置図を描く。
混雑は物語の敵だ。道は推しのためにある。
外は雪。
雪の白に、蜜蝋の灯が暖かい。
灯りの下を、人が行列を作り、配膳はまだ続いている。
配膳より速く、制度を回せ。
屋台ギルドは今日、生まれた。
明日には、街になる。
――――
次回予告:第7話「屋台博覧会・前編」
三広場同時開催の屋台博覧会開幕。推し屋台投票、等級対決、冷鎖実演で数字×感情を最大化。王都側は偽の鑑定札で撹乱、こちらは匂い刻印+舌の鈴の二重認証で迎撃。数字目標:来場二千/配膳一一五〇/推し投票八百/食券回収五六〇。