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第5話「等級と価格」

 朝、掲示板の前に立って、私はチョークの先で四角を描いた。

 四角は四つ——A/B/C/アウト。蜂蜜の等級表だ。

 昨日までの“甘い”“おいしい”は、今日から言葉の統一に変える。台所が勝ち続けるには、味に数字を、数字に物語を与える必要がある。


「Aは“花の鈴”——香りが長く、濁りが少ない。Bは“森の鈴”——味が厚い。Cは“冬の鈴”——結晶が早い。アウトは混ぜ物・水増し・石灰」

 私は瓶見本を台に置き、舌の鈴と匂いの輪で確かめ方を見せる。

 養蜂家たちがうなずき、屋台の若者がメモを走らせる。

 ミリィは瓶の口に鼻を寄せ、「これは森の鈴強め。Bの中でも“針葉樹”。焼き肉向き」と分けた。

「用途表も作ろう」と私。「Aは菓子、Bは肉・燻製、Cは保存・煮込み」


 等級が決まると、価格が決まる。

 私は掲示板に相場の式を書いた。

 ——A=基準価×1.25/B=基準価×1.00/C=基準価×0.85

 基準価は塩一斤+小麦一升で換算。日次で更新し、食券でも表記する。

「甘味の値は塩と穀で読み解ける。だから暴れない」

 数字は刀だが、鞘がいる。鞘は言葉だ。

 養蜂家の年長が腕を組み、「文句なしだ」と短く言った。「値切りが消えるなら、手間も飲み込める」



 午前、換金窓口の前。

 長く伸びた列には屋台の主と農の人が並ぶ。

 窓口の後ろには塩俵と蜜蝋が担保として積まれている。食券信用の背骨だ。

 私は窓口の札をめくった。

 ——本日の食券基準:塩一斤=食券十五/小麦一升=食券十

 NAV(基準換算)を毎朝発表する。紙の角が、湯気で丸くなる。


「換金速度を見て」とライナー。

「はい。窓口三つ、平均待ち時間:六分。午後には五分まで下げます」

 ボルドが裏で小箱を叩いた。「偽札よけの匂い刻印、新型だ。蜂蜜色に光る」

 新しい食券は、角が少し甘く匂う。偽造は匂いが作れない。

 ミリィが一枚、鼻に近づける。「薄い蜂。本物」


 そこへ、商会の手先らしい若者が札束を掲げて歩き回り始めた。

 「砂糖券だよ! 王都の精糖組合が保証! 食券と一対一で交換! 甘い未来を君に!」

 紙戦争の第二波。砂糖券で食券の信用を食いに来た。

 私は笑い、鐘を一つ鳴らした。


「砂糖券は“甘味”でしか使えない。食券は“腹全部”に使える。——まずこの違いを読み方として広場に掲げます」

 掲示板に可視化。

 食券=穀・塩・屋台・雇用/砂糖券=甘味限定(精糖に限る)。

 「それでも砂糖券がほしい人は?」

 数人が手を挙げる。砂糖が必要な菓子屋だ。

「では、取引所を作りましょう。砂糖券→食券の交換は相場−二割。逆は相場+二割。衛生審査料として徴収します」

 監察官がすぐに寄ってくる。「徴収の名目は?」

「袋口検査・台帳照合・鈴の試料。実費です」

 彼は頷き、赤字で追記する。「“実費”の範囲内」


 砂糖券の若者は唇を歪め、札束を振った。「だったら砂糖袋付き券だ。一袋引換の証書!」

 私は味覚検札の台を指さす。「引換前に検札です。石灰砂糖回収祭は毎日開催中」


 列が揺れ、人々の笑いがまじる。

 可視化と検札と実費が、紙の攻撃を鈍らせる。

 台所は、今日も紙と握手するが、膝はつかない。



 昼。

 等級会議の仕上げ。

 養蜂家代表/屋台代表/厨房代表(私)/監察官の四者で印章を押す。

 ——『蜂蜜等級規格A・B・C/用途表/瓶口規格Φ48/封印蝋色=等級色』

 ウィスプが印章をひと舐めして、蝋色を光らせる。Aは淡金、Bは琥珀、Cは雪白。

 ミリィが笑う。「可愛い」

 可愛いは、秩序の第二の鞘だ。


 屋台側の質問が飛ぶ。「等級で仕入れ値が上がるなら、売値も上げるべき?」

「上げていい。ただし**“分量と用途”を併記して、不満の芽を摘む」

 私は価格札の見本を掲げた。

 ——“A蜂蜜の薄掛け(菓子用・10g)=食券2/B蜂蜜の肉照り(20g)=食券3”**

 グラムと用途が並べば、買い手は自分の物語として値を見る。

 値切りは物語の衝突から起きる。物語を揃えれば弱まる。



 午後、屋台の列は甘い香りで満ちた。

 Aの薄掛けで焼いた薄焼き林檎は香りで客を引き、Bの照りで焼いた肉串は腹で客を捕まえる。

 Cは保存。大鍋の煮込みに落として、翌朝の配膳を楽にする。


 数字は昼過ぎに跳ねた。

 本日配膳:八五一/屋台講習合格:七二/蜂蜜規格印押印:四八瓶/砂糖券交換:引取二〇→換金一四(手数料回収:食券三六)。

 換金窓口の待ち時間:五分。

 食券の回収率が上がり、裏の塩俵が積み増しされていく。

 信用は見えないが、塩俵は見える。

 見えるものは、人を落ち着かせる。


「このまま蜂蜜で押し切れるか?」とライナー。

「押し切らない。“混ぜる”」

「混ぜる?」

「甘樹液(樹液糖)と糖蜜を等級の外に“位置付け”た上で、料理で役割を与える。A/B/C=蜂蜜の王道、糖蜜=黒の滋味、樹液=透明な甘さ」

 私は**“重ね地図”の紙を広げた。

 甘味は味の地図で理解される。地図があれば、値崩しは領土争いに変わり、外交ができる。

「“甘味外交”は屋台博覧会**でやろう。正面衝突はそこまで温存」



 夕刻。

 砂糖券を売っていた若者が、こっそり窓口に来た。

 ポケットの奥から、折れた砂糖券を出す。

 「……換えてください」

 彼の指は少し震えている。

 私は黙って相場−二割で食券に替え、石灰砂糖回収祭の列を指さした。

 「袋を回収へ。衛生審査料はそこに」

 彼は頷き、列に入った。

 祭は、怒りの出口になる。

 勝利は、怒りだけでは続かない。習慣がいる。

 祭は習慣を作る。



 夜。

 厨房衛生法(草)・甘味章の清書に、監察官の朱が入る。

 「“実費”の定義を追加。台帳保存年限=三年。瓶口規格外の販売=警告→停止」

 私は「ありがとうございます」と頭を下げる。

 彼は一拍置いて言った。「紙は遅い。だが、遅い紙があるから、お前の速い湯気が暴走しない」

 私は笑う。「一緒に回しましょう。配膳より速く、制度を」


 ミリィがあくびをして、「明日はなにを美味しくざまぁする?」と聞く。

「価格と等級でもうひと押し。それから——顔見せだ」

「顔見せ?」

「屋台博覧会。推しと推されを作る。数字は感情に付いてくる」


 ウィスプが窓辺でくるりと輪を描いた。

 外は静かで、冷たい。

 冷たさは、氷蓄陣の鼓動のように、一定だ。

 一定の鼓動の上で、人の声と湯気が揺れる。

 揺れは、物語だ。


――――

次回予告:第6話「屋台ギルド発足」

衛生講習の正式資格化、出店枠抽選、鑑定札の全屋台導入。顔見せ=屋台博覧会の開催告知で推し屋台を作り、食券の滞留時間をさらに伸ばす。数字目標:配膳九二〇/講習合格一〇〇/出店枠三〇→五〇。

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