新たな婚約者様は、死神様！？
華麗に一礼し、ドレスの裾をつまんで舞うように回れ右。
スカーレットは自らの計画が完遂したことに、心の中で高らかな凱歌をあげていた。
（完璧だったわ……！）
（ワインも投げてない、マリアにも近づいてない、華麗な婚約破棄受け入れ劇を披露！）
（はい、断罪ルート、完全回避！！）
ついに、地獄の筋書きから抜け出した。
その実感を噛み締めながら、扉へ向かおうとした――その瞬間。
「――お待ちなさい。オルビア公爵令嬢よ」
低く、威厳に満ちた声が式場全体を震わせた。
スカーレットの足がピタリと止まる。
（……！？）
ゆっくりと振り返った先にいたのは――この国の頂点。
威厳に満ちた深紅の王衣を身に纏う、カリオス王。
「……ご、ごきげんよう、陛下」
表面上はにこやかに微笑みながら、スカーレットは心の中で絶叫していた。
（はあああああ！？ なんで国王が！？ この場面、ゲームにはなかったわよ！？）
（っていうか、出てくる意味ある！？ あなたは背景ポジションのはずでしょ！？）
だがそんな動揺は一切顔に出さず、優雅にお辞儀するスカーレット。
カリオス王はゆっくりと玉座から立ち上がり、会場の中央に降りてくる。
「今回のことは、我が愚息――セシルの我儘が過ぎたようだ。すまぬのう、スカーレット令嬢」
「いえ……愛というものは、どこにあるか分からないものです。
真実の愛を見つけられた殿下に、私はもう必要ないと考えました」
スカーレットは完璧な貴族の微笑みで答える。
だが、その言葉を受けたカリオス王の唇が、ふいに意味深な笑みに歪んだ。
「ふむ。だが……公爵家の令嬢とはいえ、婚約破棄をされたら――嫁ぎ先に困るであろう？」
「……っ」
その言葉に、背筋にひやりと冷たいものが走る。
（あの笑み、あれ絶対なんか企んでる！！）
「だからこそ、考えておいたのだ。そなたにふさわしい――新たな婚約者をな」
スカーレットは凍りついた。
（ちょっと待って……そんなイベント、聞いてない……）
王は一度、玉座の横へ目をやる。
「ラファエル」
その名が呼ばれた瞬間――
空気が変わった。
扉の奥から、ゆっくりと歩いてきたのは、漆黒の衣をまとった青年。
深い闇を纏うような眼差しに、鋭利な存在感。
この国で唯一、闇属性の力を持ち、“堕天使”として恐れられる存在。
そして、スカーレットを殺す男ー。
廃太子・オスベリア・マンルース・ラファエル。
「……この者を、そなたの婚約者として迎えるが良い。年も近かろう。良縁であろう？」
「？？？」
（どこが！？ どこが良縁なのよ！？）
（死亡フラグの権化じゃない！！）
（この王、何考えてるの！？ 正気！？）
心の中では思いっきりテーブルをひっくり返していたスカーレットだが――
その顔は、極上の微笑みを崩さない。
「陛下。お言葉ですが、婚姻というものは、双方の同意があってこそ成り立つものでは？」
ラファエルの方を一切見ず、まっすぐ王の目を見てそう告げる。
その声音はあくまで柔らかく、しかし明確な拒絶の意志を滲ませていた。
だが、王は一歩も引かぬ笑みでこう告げた。
「ならば、本人の返答を聞こうかの。……ラファエル。お前はどうだ？」
スカーレットは――その瞬間、初めてラファエルの視線を感じた。
氷のように冷たく、けれどどこか焦点の定まらぬその目が、じっと彼女を見つめていた。
（やめて……！ 今、目を合わせたら――新たな未来が動き出す……）
彼の口が、ゆっくりと開かれようとしていた。
――その瞬間、スカーレットの胸の奥で、心臓がひときわ強く脈打った。
