生存ルート確定?
夜――。
王都の東側、スカーレットの実家であるオルビア公爵邸。
静まり返ったその館の奥、スカーレットの部屋だけが小さく灯っていた。
蝋燭の炎がゆらりと揺れ、淡く広がる影と光。
夜気は冷え、窓の外からは虫の声すら届かない。
彼女はベッドに腰掛けたまま、肘をついて考えていた。
睫毛の長い目元は鋭く、表情には一切の油断がなかった。
「……断罪イベント。
そして、その先の“死亡エンド”。」
静かに息を吐いた。
スカーレットの脳内には、前世で狂ったように周回した乙女ゲーム『天使の王国』のストーリーが、鮮やかに蘇っていた。
(私の死のきっかけは……あの“婚約破棄イベント”が引き金になるのよ)
(あの日、セシル王子は聖女マリアに夢中になって、私を公衆の面前で断罪する。
あのセリフも、一言一句、忘れずに覚えてるわ)
「君には愛想が尽きた。婚約は破棄させてもらう――」
思わず口に出し、吐き捨てるように笑った。
(は?何様のつもりかしら)
(たしか、スカーレットはその場で怒り狂って、マリアのドレスにワインをぶっかけたのよね……)
(で、翌日に暗殺未遂。ゲームの中のスカーレットはほんとに……めちゃくちゃだったわ)
表面上は冷静な淑女を装っていた彼女だが、
ゲーム内スカーレットは、まさに“悪役令嬢”のテンプレート。
感情に任せて暴走し、あらゆる罪を背負い、
その末路は“処刑”か――廃太子ラファエルによる“私刑”だった。
スカーレットはふと、膝に置いていた手を握りしめた。
「……でも、冷静になって考えれば、あの男にそこまでする価値なんて、ひとつもないのよね」
婚約者とは名ばかり。
政略で結ばれ、心を向けられたことなど一度もない。
(なのに、あの世界のスカーレットは、なぜあそこまで……)
ふっと小さく笑った。
「……愛されない女は、狂うってことかしらね。ま、私には関係ないけど」
そう言ってスカーレットは立ち上がる。
部屋の中を数歩、静かに歩いたその瞬間――記憶の断片が一気に蘇った。
(そうだ……!)
「私の罪が、暴かれるのは……セシル王子とマリアの“婚約式”よ!!」
そう、決定打となるのはその式典。
そこで「悪事を暴かれる」という筋書きこそが、“死”へと至る運命の鍵だった。
スカーレットの目が見開かれる。
「なら……婚約式に、出なければいいのよ!」
そして、思い出す。
確か、婚約破棄イベントの直後に渡される“離縁状”――
それにサインをすれば、形式上の婚約は白紙になる。
当然、婚約式には“元婚約者”として出席する義務も消える。
「つまり……婚約破棄イベントで、即・離縁状にサインすれば――私はあの式に行かなくて済む!」
「出なければ、“死”の運命も回避できる!!」
その瞬間、彼女の脳内に鳴り響いたのは、勝利のファンファーレ。
“回避ルート確定!”の文字が脳裏にデカデカと光る。
拳を強く握りしめた。
「……これが、私の生存ルート!」
まだ、誰も知らない。
夜の帳が、静かに世界を包み込む。
少女が立ち上がったその足元に、影はゆっくりと伸びていた。